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ヴァーチャル旅行  パキスタン編 ⑨ラホール、⑩モヘンジョダロ、⑪カラチ

公開日: : 最終更新日:2021/04/15 海外観光

◎パルチスタン 

バルチスタンはパキスタン国土の4割を占めるが人口は5%に過ぎない[4]。しかしバルチスタンは石炭天然ガスクロムなど豊富な資源に恵まれており、バルチスタンのバルーチ人はパキスタンと中国に富を収奪されているという意識を持っている。

1973年イスラマバードのイラク大使館をパキスタン軍と警察が襲撃して武器が押収される事件が起き、イラクソビエト連邦インドはイランやパキスタンの領内で活動するバルーチスターン解放軍などのバルーチ民族主義英語版)運動に援助を行ってるとパキスタン政府から非難された

電子ビザあり https://ja.ivisa.com/pakistan-visa

◎ワガ国境

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ワガ国境  ラホールから東へ1時間。インドとの国境ワガでは毎日、日没時に両国の国旗を降ろす「フラッグ・セレモニー」が行われます。 両国民が観客席からそれぞれの国を称える言葉を叫びます。さながら国境での応援合戦。パキスタンでは観客は男女別に観客席に入ります。ワーガ(Wagah)は、インドとパキスタンとの間の陸路国境で唯一開かれている検問所であり、大幹道上の、インドのアムリトサルとパキスタンのラホールとの間にある。ワーガそのものは小さな村であり、両国が分離・独立した1947年に、新たに国境となったラドクリフ線(英語版)によって2つに分断された。村の東半分はインドに、西半分はパキスタンに属している。ワーガの国境は、よく「アジアのベルリンの壁」と呼ばれ、毎日夕刻になると「我が国旗の降納」と呼ばれる儀礼が行われるインド=パキスタン国境の一部分である[2]。儀礼時には、インド国境警備隊(英語版)(B.S.F.)と、パキスタン・レンジャーズ(英語版)所属の兵士による、力強くスリリングなパレードが行われる。儀礼は攻撃的で、よそ者から見れば敵対的とすら映るが、国境の両側に観客席を設けて、集まってくる群衆に見せるためのエンターテイメントである。両国の兵士らは色鮮やかなターバンと制服を身にまとい、痛快なショーを披露する。両国の係員は、普段は日常的に発生する問題の処理のために、相手国の事務所を訪れることは普通に行われている。長年にわたって、この国境で起こってきた出来事の数々は、インドとパキスタンの関係を象徴するバロメーターであり続けている。ラホールとデリーとを結ぶ鉄道を通るサムジャウタ急行は、ワーガから5キロメートルのところにあるインド側の終端駅であるアッタリ(英語版)から、ワーガの国境を通過していく。インドの道路、ナショナル・ハイウェー1号線はここを起点としており、インド・パキスタン関係の改善によって、パンジャーブ地域ではアムリトサルとラホールとの間では2004年からデリー=ラホール・バス(英語版)が運行されている

IST・KHI 往復38000円 片道120000円 夜間便でデイリー BOMからも同じ2万円の金額でエアアラビアが飛ばしているが、シャールジャ経由であり、時間がかかる。トルコ、イラン等のと組み合わせの中で考えることも考慮。
KHI・DXB  片道16000円(flydubai)、往復30000万円(エミレーツ)  ISB・DXB 片道26000円(エミレーツ)往復40000万(エミレーツ)

◎ラホール

KHI・LHE(ラホール)はSerena Airで片道7000円2時間の旅行記 https://4travel.jp/travelogue/10809501 

パンジャーブ州の州都にしてパキスタン第2の都市。ラホールの語源は「loha(鉄)」で、古代鉄壁な防御を誇る町があったと言われている。中世にはアフガニスタンのガズニ朝の都となった。 16世紀にはムガル朝の都として繁栄し、この時代に建てられた壮大な建築物バードシャヒー・モスクやラホール・フォートが今も残されている。 現在ラホールはパキスタンの文化・芸術の中心地。 インドとの国境へも車で約1時間。両国の「雪解け」を感じる町。

シャーリマール庭園
バードシャヒー・モスク
ラホール・フォート

◎モヘンジョダロ

カラチ(KHI)のジンナー空港・サッカル空港(SKZ)パキスタン国際航空でISB経由片道35000円 ISB・SKZは2時間2万円 KHI・ISBは2時間7千円 サッカルの人口は140万人

紀元前2500年から紀元前1800年にかけ繁栄し、最大で4万人近くが居住していたと推測されその後は短期間で衰退した。原因としてさまざまな説があげられたが、近年の研究では大規模な洪水で衰退したと考えられている。この都市の本来の呼び名、すなわち往時の名称については、インダス文字が解読されていないため、ヒントすら得られていない。

BC2600年~1700年に栄えたインダス文明最大の都市遺跡。モヘンジョ・ダロとは「死者の丘」を意味。遺跡は城塞区と市街地から構成され、高度な水利システムと都市計画のもとに造られたこの街には、最盛期で3万人の人口を抱えたと推定。文明の興隆や文字を含め、未だ解明されていないことが多く、また遺跡の発掘も2割程度しか進んでいない。 モヘンジョ・ダロへはカラチからパキスタン航空の国内線がある他、インダス川沿いの街サッカルから訪問するのが便利。

“大浴場”こと沐浴施設。 後方にクシャーナ朝時代の仏塔を臨む。
神官王」と呼ばれる胸像
ソープストーンen)製、高さ17.5cm

◎ハラッパ―(番外)

デリー→ラホールイスラマバードケーウラー→ラホール
ムルターンハラッパー→ムルターン→ラホール→デリー

ハラッパーに行くために、サヒーワール行きのバス停

この遺跡は、1826年にチャールズ・マッソンが発見し、1853年にアレキサンダー・カニンガムによって発掘され、特殊な印章が出土する遺跡として1875年に学会に報告されていたが、当時はまだ特定の文明の遺跡としては知られていなかった。1921年に、R.B.D.R.サハニの発掘調査によって、未知の文明の都市遺跡であることが明らかにされた。その後のサハニによる数次にわたる調査と、ほぼ同時期に行われたモヘンジョダロの調査によって、インダス文明の存在と性質が位置づけられ、インダス文明の別名として知られる、「ハラッパー文化」の命名の起源になった

ラヴィ川南岸に位置するインダス文明の都市跡。ハラッパ遺跡は東の城塞区と西の市街地からなり、最盛期には2万人の人々が暮らしていました。 ハラッパ南西に栄えた同インダス文明モヘンジョダロと同時代のものといわれている。 現在も遺跡の発掘作業は続いているが、全体的な遺跡の復元は難しいといわれている。ラヴィ川の氾濫や19世紀にラホール/カラチ間の鉄道建設が行われた際、この遺跡のレンガが大量に線路の敷石に使用されたことなどが遺跡の破壊を進めた。

◎カラチ

パキスタン最大の都市。インダス川河口の西に位置する。シンド州の州都であり、世界有数のメガシティである。2016年の近郊を含む都市的地域の人口は2,282万人であり、世界第7位である

国立博物館/ National Museum of Pakistan

1951年に建てられ、1970年に現在の場所に移設されたパキスタン唯一の国立博物館。 パキスタン南部地域の展示が充実しているほか、先史時代、インダス文明、パキスタン建国時に関する資料などの展示があります。特にモヘンジョダロ・ルームは必見。たくさんのモヘンジョ・ダロからの出土品が展示されています。

ジンナー廟/ Mausoleum of Jinnah

パキスタン建国の父、ムハンマド・アリー・ジンナー(1948年没)の廟。 大理石で造られた高さ30mの大建築物です。 周辺は広大な公園になっており、休日や夜間は家族連れで賑う。

「フレア ホール(Frere Hall)」。イギリス領インド帝国時代の1865年に創立された建物で、現在は一般公開されている。パキスタンの著名なアーティスト・サディクエインのギャラリーと公共図書館を併設。サディクエインが死去し、未完成のままになっている壁画が人気のスポット。

「モハッタ パレス ミュージアム(Mohatta Palace Museum)」。パキスタンの創始者ムハンマド アリー ジンナーの妹ファティマ ジンナーの住居として作られた。現在はブルータイルや陶器の博物館として利用。夜はライトアップがされ、幻想的な雰囲気。カラチの最も美しい建物のひとつ

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図書館で取り寄せて読んだ。国鉄改革については、多くの公表著作物に加え

角川文庫『ペリー提督日本遠征記』(Narrative of the Expedition of an American Squadron to the China Seas and Japan)

https://youtu.be/Orb9x7NCz_k

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豪州の旅行業対策

http://www.travelvision.jp/news/de

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