朝鮮戦争の経済効果
もし、朝鮮戦争がなかったら日本は戦後の経済復興は遅れていたと思いますか?
確かに3年間ぐらいの特需はあったものの、当時から日本はアメリカに駐留米軍への防衛費とか管理費みたいなものの負担をしていたようですので経済復興にはさして役に立たなかったようです。
就職難は続いていた。
但し、当時の米ドルは非常に強く一部の民間企業ではアメリカ兵が日本国内で落とした米ドルで潤った業種はあるかもしれませんね。
実質的にはまだまだ戦争の影響を引きずっていた時代だったと思いますが、その後の日本の復興への準備体操ぐらいにはなったと思います。
わたしが生まれて高校生になるくらいまで(1960~1973)はベトナム戦争が長期に渡って行われており、下図のグラフのように日本は10%ぐらいの成長率で、日本の第一次高度成長期と重なっています。
ベトナムの方たちにとってはとても災難でしたが、日本の復興がこの戦争によって大分助けられたのだと思います。
わたしが高校生当時(70年代後半)は音楽活動をしていましたが、元は反戦歌であるフォークソングブームが日本に起こっていました。
今振り返ると当時のベトナム戦争でアメリカ国内で反戦歌(フォークソング)が盛んになり、それを経由して日本の音楽シーンにも影響していたのだと思います。
今日東京ではたくさんの若いベトナム人の方たちが出稼ぎに来ていますが、彼らの親御さん世代はベトナム戦争で生きるか死ぬかの瀬戸際にいたのだと思います。
そう思うと間接的にではありましたがベトナムとは縁があるのかもしれません。今来日しているベトナムの若い方たちを応援したくなりますね。
関連記事
-
-
『言ってはいけない中国の真実』橘玲2018年 新潮文庫
コロナ禍で海外旅行に行けないので、ブログにヴァーチャルを書いている。その一つである中国旅行記を
-
-
保護中: 7-2 先行研究2(李論文要約)
植民地朝鮮における朝鮮総督府の観光政策 李 良 姫 『北東アジア研究』第13号(2007年
-
-
QUORAに見る歴史認識の一意見 東条英機と昭和天皇の関係に関する一意見
東条英機氏は几帳面で小心、そして子煩悩なな男だった伝えられている。石原莞爾氏などは、東条氏の小物
-
-
宇田川幸大「考証 東京裁判」メモ
政治論ではなく、裁判のプロセスを論じている点に独自性がある 太平洋戦争時のジュネー
-
-
ソ連の北方四島占領作戦は、米国の援助のもとで実施されたという「発見」 『さらば!検索サイト』太田昌国著 現代書館
また私の頭の中で「歴史は新しく作られる」という例が増加した。表記のpp.77~79に記述されている
-
-
『総選挙はこのようにして始まった』稲田雅洋著 天皇制の下での議会は一部の金持ちや地主が議員になっていたという通説が実証的に覆されている。いわば「勝手連」のような庶民が、志ある有能な人物(国税15円を納める資力のない者)をどのような工夫で議員に押し立てたかを資料に基づいて丹念にドキュメンタリー風に解説
学校で教えられた事と大分違っていた。1890(明治23)年の第一回総選挙で当選して衆議院議員にな
-
-
「米中関係の行方と日本に及ぼす影響」高原明生 学士會会報No.939 pp26-37
金日成も金正日も金正恩も「朝鮮半島統一後も在韓米軍はいてもよい」と述べたこと 中国支配を恐れてい
-
-
塩野七生著『ルネサンスとは何であったのか』
後にキリスト教が一神教であることを明確にした段階で、他は邪教 犯した罪ごとに罰則を定める 一
-
-
北朝鮮と日本の核開発に関する記事のメモ(「宗教から国際問題を理解する」 佐藤優×出口治明)
http://wedge.ismedia.jp/articles/-/10242?page=3
-
-
保護中: ツィンメルマン電報とトランプ大統領の国境の壁(米墨関係)
ツィンメルマン電報は第1次大戦中にドイツの外務大臣ツィンメルマンによってメキシコ政府に急送された
- PREV
- 運輸省(航空局監理部長)VS東亜国内航空(田中勇)のエピソード等
- NEXT
- ビキニ島における核実験
