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Quoraに見る歴史認識 日中戦争(日支事変)ではなぜ和平をしなかった(できなかった)でしょうか?

公開日: : 最終更新日:2023/05/29 歴史認識

日中戦争における和平の最大の機会は、第二次上海事変で圧倒的な勝利を収め、もうすぐ首都南京を攻め落とせそうな段階で、蒋介石から講和条件を呑むと言ってきたタイミングでした。え、戦場で圧勝して相手が講和条件を呑むと言って来たのに戦争終わらなかったの?って思いますよね。終わらなかったんですよね、これが。細かい事情がいろいろ積み重なっての結果なので説明が長くなるのですが、この講和交渉に積極的に賛成したのは陸軍だけで、海軍も外務大臣(訳アリ)も反対と言う有様でした。何故そんなことに?

 

まず海軍です。当時の日本は、義和団の乱の終結時に結んだ条約により、中国大陸に正当な駐兵権を得ていました。清国政府が北京の外国公館を襲っちゃった以上は仕方ないですよね。陸軍は北部、海軍は南部を担当、海軍は陸戦隊を上海に駐留させていました。第二次上海事変の直前、蒋介石は華北の軍閥に圧力を掛けて陽動作戦を行わせます。これに見事に引っ掛かった陸軍参謀本部は、増援の師団を華北に送ってしまいました。そして上海への攻勢が始まり、陸戦隊が矢面に立たされた海軍に対して「上海は捨てて撤退したら?」と言い放った陸軍(参謀本部作戦部長の石原莞爾、直後に更迭)にガチギレした海軍は、講和交渉に際して頑なに反対の態度を取る事になります。陸軍に意趣返ししたかっただけとしか思えません。

 

次に外務大臣の廣田弘毅です。この人物は蒋介石と知己であったこともあり、第二次上海事変の早い段階で独断で講和交渉を開始、条件まで提示してしまいます。内閣に諮ることもなく始めたスタンドプレーです。戦局が大きく動く前、軍事素人には日本不利に見えた段階での交渉だったため、条件も甘めでした。廣田は交渉が上手くいけば戦禍を防いだ英雄になれると考えたのでしょう。動機そのものは決して悪い事ではありません。しかし、第二次上海事変は蒋介石が計画して開始したものであり、当然勝つつもりで始めた訳ですから、講和交渉など日本の弱気の印くらいにしか思わず、放置されました。そして戦局が動き、上海を包囲していた国府軍を粉砕した日本軍が南京に迫った段階で、追い込まれ翻意した蒋介石が講和条件を呑むと伝えてきます。しかし条件を提示した時とはあまりにも戦局が異なるため、そのままでは閣議を通らず、厳しめに変更した条件を再提示することになりました。しかし蒋介石も周囲に諮って受諾を決めたのに条件を吊り上げられては面子が立たず、とりあえずは変更の理由について探りを入れて来ました。ここに至って、条件闘争となれば早すぎかつ甘すぎた交渉開始の責任が問われる事に気付いた廣田、蒋介石の態度が無礼であるとして交渉打ち切りを進言しました。控えめに言ってもクズです。人柄は良かったと言われます外務大臣をやる器ではなかったのでしょう。東京裁判で廣田がA級戦犯の死刑枠に入ったのは蒋介石による指名だと言われていますが、そりゃそうだろうなと言う他ありません。

 

陸軍参謀本部はこれ以上の戦線拡大は冗談じゃないと必死に講和交渉の継続を訴えますが、海軍と外相の反対を見て総理大臣の近衛文麿は戦争続行を決意してしまいました。講和条件を甘くしたり、交渉がまとまらないままで国会に突入するとカッコがつかないので打ち切ることにしたとも言われています。

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この翻訳テキストは、細谷千博他『日米関係資料集1945~97』(東京大学出版会,1999)<当館

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