*

脳科学と人工知能 シンポジウムと公研

公開日: : 最終更新日:2018/10/14 観光学評論等, 観光資源

本日2018年10月13日日本学術会議講堂で開催された標記シンポジウムを傍聴した。傍聴後帰宅したら公研10月号が贈られてきており、シンポジウムと同じテーマの西垣通氏の文章がでており興味深く読ませてもらった。

シンポジウムのテーマに脳科学と人工知能が選択された動機は主催者の説明では、人口減少時代を迎え、交通事故死亡者の数倍にのぼる自殺者が出ている現代にとって大きな問題であり、解決手段がAIの活用にあるからだとする。うつ病等の精神疾患のデータがバラバラで解明されていないが、AIを駆使してその脳内メカニズムのビッグデータ解析ができないのかという主催者の問題提起から始まった。このイントロで、「楽しみのための移動」を対象とする観光学もアプローチは正反対だが、ビッグデータを駆使した研究が必要だと感じていたので大いに共鳴した。ただし、精神疾患の場合、原因解明は病気治癒につながるわけであるが、観光学研究では、ヒトの移動するモチベーション解明であるから、それがわかったとしたら、誰でも対応することが可能となり、ビジネスとしての観光は成り立たなくなることになる。このことは、マーケティング全体に言えることである。その一方そのようなことは不可能といったとたんに、では観光学はサイエンスとしては存立できないということになり、マーケティングは博打と同じくサイコロを振って予測するということになるという、やや詐欺めいた研究なのであるということにもなる。

しかし、ことは簡単ではない。ビッグデータなら、テストデータもビックでなければ、数学的に意味がない。汎化誤差というのだそうだ。今のデータ量ではとても無理であるとの説明。10万人のデータ規模でないとということである。しかも、健常者の個人差が、精神疾患患者の個人差の倍もあるということであるから、これまで何の意味もない論文が数多く発表されていたのだという説明を聞き、現在の観光学会のアンケートを中心にした論文のことを思い浮かべてしまった。クロス集計も無理であるとのこと。施設格差が大きすぎて意味がないのだそうだ。病院がそうなら、ましてや観光施設は比較すること自体がナンセンスかもしれない。

それにしても、一を聞いて百を知るという人間は不思議なものである。

合原一幸東大教授が次世代人工知能と数理脳科学につて講演された。ニューラルネットワークとAIは前は交流がなかったが、現在は脳科学と3分野が交流している。神経の研究のため、ヤリイカの人工飼育に成功したというエピソード。現在のノーベル賞委員会に受けそうな話。神経スパイクの回路のモデルの話もあった。しかし人間はわずか20ワットの電源で脳を動かしているようだ。合原氏はattentionの数理モデルを開発中とか。蝙蝠がエサを探すときの脳の働きを分析し、自動運転に応用できると考えている。つまり実際の脳の非線形動力学の解明を目指しているようだ。脳の正常機能の数理モデル、異常機能の数理モデル、ゲノムのモデルから、脳の全体像を解明できないかということのようである

attentionは脳に制約があるから存在するが、AIには制約が少ない。パワーがあればattentionは必要がないのである

参加者からの興味は「人工知能で善悪が判るか」という、人工知能が倫理や道徳に与える影響をテーマにした講演であった。夢が読み取れるようになると、それでいいのかという話は、観光研究に共通する話である。人の行動をビッグデータから読み取れるとした場合、事前に犯罪を予測できるかという問題が提起された。マイノリティレポートというトム・クルーズの映画も紹介されていた。その場合に、例えば特定の人種のある社会背景を持った人たちがかなりの確率で犯罪を犯すと予測するデータを反道徳的として禁止できるか否かという問題提起である。AIのアルゴリズムにそれを書き込むことの問題提起であるが、フロアーから、それは受け止める人間の問題ではないかという意見が提起された。しかし、講演者は、人を殺してはいけないという命題に対して、刑の執行者は例外である等際限なく但し書きが必要となるはずであり、難しいのではないかという答えをされた。確かに、自動運転車の場合のアルゴリズムを作成するにあたって、事故が回避できない場合に、誰をはねていいのかいいのかというアルゴリズムが必要なのかもしれないが、そんなアルゴリズムは反道徳的となるのであろう。

ロボットのアイボ供養をする日本人のメンタリティの話がでて、針供養、人形供養をする伝統があるからだとの説明があり、さらに追い打ちをかけるように、実は、これらの供養は古くはなく、江戸時代にはなかったということで、伝統は古くはないという次節の補強材料がまた一つ増えることになった。でも、ネットには人形供養400年の歴史があるという長福壽寺が出ているが、嘘だとすると住職は大したものである。多分「現在のような供養の形は、すでに江戸時代に原型はあったようだが、上記のような有名どころでも供養が始まったのは昭和や平成になってからである」https://dot.asahi.com/dot/2017101300060.html?page=2という説明が正しいのであろう。

西垣通氏の論文 氏の話は「概念というものは社会的なもの」という一語に尽きる。「コンピュータが社会的概念を認識できるようになったわけではないのに、深層学習を過大評価した。それがAIが人間の知を超えてゆくという話ににもつながっていってしまった。困ります。」「将棋や碁は有限状態ゲーム」「宇宙あるいは世界というものは、一種の調和、秩序を持っている。それは音楽によってハーモニーとしてあらわされている。同時にそれは数学的・論理的な秩序を持つ幾何学であり神学。神様に行き着く。そこからバッハの平均律が生まれ、ニュートン力学が花開いて行く」といつもの西垣節が展開されていた。

関連記事

no image

大衆軍隊出現の意味 三谷太一郎講演メモ 学士会報2018-Ⅳ

226事件は、天皇の統帥権の名目化  軍隊の大衆化 軍隊内の実権は将官、佐官、尉官へと下降した

記事を読む

no image

小川剛生著『兼好法師』中公新書  安藤雄一郎著『幕末維新消された歴史』日本経済新聞社

『兼好法師』 現在広く知られている兼好法師の出自や経歴は、没後に捏造されたもの。 一世紀を経

記事を読む

no image

Nikita Stepanov からの質問

Nikita Stepanov (Saint-Petersburg State Polytechn

記事を読む

no image

観光資源、観光行動の進化論

「クラシック音楽に隠された「進化の法則」、東大京大の研究者が発見」tいうひょだいの興味深い記事を発

記事を読む

観光資源論と 観光学全集「観光行動論」を考える  ベニスのクルーズ船反対運動への感想と併せて

現在「観光資源論の再構築と観光学研究の将来」と題した小論文をまとめているが、観光資源(正確には観光対

記事を読む

『戦後経済史は嘘ばかり』高橋洋一

城山三郎の著作「官僚たちの夏」に代表される高度経済成長期の通産省に代表される霞が関の役割の神

記事を読む

no image

グアム・沖縄の戦跡観光論:『グアムと日本人』山口誠 岩波新書2007年を読んで考えること

沖縄にしろ、グアム・サイパンにしろ、その地理的関係から軍事拠点としての重要性が現代社会においては認め

記事を読む

no image

ウッドストック50周年中止 歴史は後から作られる

newspicks のコメントが面白い。Wikiの解説とは一味違う。これも歴史は後から作られる例か

記事を読む

no image

歴史は後から作られる 『「維新革命」への道』『キャスターという仕事』『明治維新という過ち』を読んで

国谷裕子の岩波新書「キャスターという仕事」をようやく、図書館で借りることができた。人気があるのであろ

記事を読む

no image

田口亜紀氏の「旅行者かツーリストか?十九世紀前半フランスにおける“touriste”の変遷」(Traveler or “Touriste”? : Distinctions in Meaning in Nineteenth Century France)共立女子大学文芸学部紀要2014年1月を読んで

2015年4月15日のブログに「羽生敦子立教大学兼任講師の博士論文概要「19世紀フランスロマン主義作

記事を読む

no image
ロシア旅行の前の、携帯wifi準備

https://tanakanews.com/251206rutrav

no image
ロシア旅行 田中宇

https://tanakanews.com/251205crimea

no image
2025年11月25日 地球落穂ひろいの旅 サンチアゴ再訪

no image
2025.11月24日 地球落穂ひろいの旅 南極旅行の基地・ウシュアイア ヴィーグル水道

アルゼンチンは、2014年1月に国連加盟国58番目の国としてブエノスア

no image
2025年11月23日 地球落穂ひろいの旅 マゼラン海峡

プンタアレナスからウシュアイアまでBIZBUSで移動。8時にPUQを出

→もっと見る

PAGE TOP ↑