*

モーリシャス(143) 2019年2月15日 

公開日: : 最終更新日:2019/03/01 海外旅行感想, 海外観光

セイシェルの宿にいたとき、エアオーストラルからメールが来た。オンラインチェックインの案内である。こちらの方は入力も円滑であった。ただよく読むと、プリントアウトしろとある。空港でスマホを見せればいいのだろうと勝手に解釈。それでもチェックインしているだけ安心である。席は窓際に変更した。レユニオンを空から見たかったからだ.後でわかったが、ビジネスからエコノミーに変更してしまったので失敗であった。

  空港で、タクシー運転手と交渉したが、なかなかまとまらなかった。最後に交渉した運転手は70ユーロを60にしてくれた。 道は整備されている。高速道路もあり、ポートルイスにはクルーズも寄港していた。人口が約130万人だから、セイシェルとは、一桁大きい島である。

 ネットの書き込みでは汚い街の印象が強かったが、そんなこともなかった。インド文化に対する認識の差ではないだろうか。 モーリシャスは1968年英国から独立、2013年一人当たりのGDPは9,165ドルで、世界平均のおよそ90%の水準である。

 アアブラバシガードは入場無料。これだけでも先進国の文化である。書き込みとは違い、説明はよくできているが、資料がすくないのだ。これから発掘されるだろう。奴隷制度はなくなったが、年季契約労働も、かなり奴隷に近い。しかし、故郷のインドの村にいても、生活はサトウキビ畑の労働者とあまりかわりはなかったのだろう。少しはマシになると思って契約したのだろう。日本の外国人労働者も、中間搾取が厳しく逃げ出す者がいることを思い出した。

  セブンカラードアースの入場料金は250ルピー、カードで支払うことができた。最初に二筋の滝。自由の女神と同じ高さがあることを説明ガキに書いてあったので、記憶に残る。七色とは虹。六色とする文化もあるが、七色と思えば七色だ。しかし、土の色だから、あまり鮮やかなものではない。ネーミングがよかったのだろう。外国人が多く集まっていた。もちろん中国人もだ。しかし私はもっとあざやかな鳥がいたので、そちらに気を取られてしまった。帰りの沿道では、ヒンドゥー寺院が目につく。モーリシャスは七割がインド人。でも夜はコーランのお祈りが聞こえた。インド人には、イスラム教徒も多くいるのだ。 タクシー60ユーロだったが5ユーロ余計に欲しいというのであげた。もともとチップを出そうと思っていたので、構わない。

 宿は看板がない。運転手に連れて行ってもらわないといけなかったと思う。地図ではわかりやすくなっているのだが。ケンタッキーフライドチキンみたいな店の二階であり、案内されないとわからないが、なかは書き込みにあったように、こぎれいで文句はない。店でチキンふた切れと水を買って、全部で1311ルピー、約四千円。空港まで2キロなのだが、グーグルはどういうわけか、徒歩で六時間タクシーで七分とでる。

(アアプラバシガード等の動画)

https://photos.google.com/share/AF1QipNk1NCHbyFlLZ5ZL_pcMMdFinvmgdOAFJn6FL8mqbAHHZUV0bL-c3IvfDTxmQohrw?key=QlFGSmJ2TlNmNWJLNHNXRUxHQzl4aEpGSVNVTk53

https://photos.google.com/album/AF1QipPU9AYMi9LAJRZ3Jf1j-rwChu-iI4fZLZHMgxeQ

(七色の大地の動)

https://photos.google.com/share/AF1QipOxLzckBdZn7k2xV8kAOHacpHIYzUnlr1MR3RVrLGwF7rcHtGkC_xQ31PnGNeMdSQ?key=dENaREtkcFA4UWctZjhKT19DdUYySlpNNUtrREFn

島の南西部にある「七色の大地」。地面に虹を描いたような神秘的なグラデーションをみることが出来るのは、ココだけ!土地に含まれる火山の鉱物とシャマル特有の大気が触れることで起こる化学反応がおこす、自然のアートです★

「神はモーリシャスを最初に創り、そしてモーリシャスを真似て天国を創った」と『トム・ソーヤーの冒険』の著者として知られるマーク・ トゥエインに言わしめたモーリシャス。民族構成は多様だが、19世紀にサトウキビ農園の労働力として移入されたインド系住民が過半数を占める。イギリスの植民地時代は、モーリシャス島から北東へ約2000km先にあるチャゴス諸島と併せて統治されていたが、独立直前の1965年11月に分離され、チャゴス諸島の住人約1800人はモーリシャス島へ強制移住させられた。

アープラヴァシ・ガートは、ポートルイスにある移民受け入れに使われてきた建造物群の総称。2006年にモーリシャスで初となる世界遺産に登録された。アープラヴァシ・ガートは、1834年から1910年まで主にインドからわたってきた労働者の迎え入れに使われた場所で、現存する施設は1849年に作られたものである。現在のモーリシャスでは、このインド系労働者の末裔が全人口の68%を占めている。1849年に作られた建造物群のうち、現存するのは15%である。波止場、入り口の門などが、部分的に残っている。1835年2月1日に、モーリシャスでの奴隷制が廃止された結果、製糖業での人手不足が深刻なものとなった。イギリスたちは、労働力調達のための新たな仕組みを取り決めた。1834年からフランス系モーリシャス人やイギリス人の農園主たちは、インドからの労働力の調達と輸送を整備した。この仕組みは「クーリー貿易」と呼ばれ、やってきた労働者は「クーリー」と呼ばれた。この受け入れ施設から製糖所に送られたインド人、あるいは中継してレユニオン、豪州に送られたインド人などは、全部で40万人に上ったとされる。1970年代になると、「クーリー」には差別的な含意があるとして、「クーリー・ガート」は「アープラヴァシ・ガート」と改称された。これは、ヒンディ語で「移民発着所」などの意味である

関連記事

⑥ 5月21日夜22日朝のヤンゴン市内観光

21日夜6時 ゴールデンロックからヤンゴンに戻る。途中でシェッタゴンバヤーが見れた。 ガイドさ

記事を読む

[165]10月14日東チモール DIL

https://photos.google.com/photo/AF1QipMhIF6ifg2EM

記事を読む

[154] 2019.9.26 ナウル共和国(INU)

ナウル到着。 機材が変わることもあり、トラ

記事を読む

11月17日大連経由哈爾浜 馬迭爾賓館

FACEBOOKにアップしたGooglephotoで編集した動画 https://photos.g

記事を読む

モンゴル国フブスグル地区紀行~トナカイとシャマンとドロ━ン(7)

2015年8月27日 野営の朝は気持ちが良い。対岸のツアーキャンプは、西洋人の四人組で馬6頭オ

記事を読む

2⃣ 4  2018.8.11 バスク(125)パンプローナ、サン・セバスチャン、ビルバオ

 〇パンプローナ サラゴサ17:29発パンプローナ19:22着 Alvia530 2号車5

記事を読む

レソト・マセル(151)2019年2月2月24日、25日 

 ヨハネのトランジットで、三時間待ち。ラウンジが使えないのが予定外。メールを打っていたらさ

記事を読む

2⃣ 3 2018年8月10日  バルセロナ・カタルーニア(124)、ZARGOZA パンプローナ泊

< strong>カタルーニャ バルセロナ 13:25発 2号車9C AVE

記事を読む

2⃣ 5 2018.8.12  セネガル・ダカール・ゴレ島(126)

https://photos.google.com/share/AF1QipPbofFVTmuUpA

記事を読む

CUBA ➀

 8th Nov. 2016  I left Kingston early in the mo

記事を読む

no image
ジャパンナウ原稿 人流大国・中国

 LCCの深夜便を利用して、1泊3日の南京(850万人)、蘇州(10

no image
中国の観光アウトバウンド政策公研No.675 pp45-46

倉田徹立教大学法学部教授 1997年にアジア通貨危機、2003

no image
聴覚   空間の解像度は視覚が強く、時間の分解度は聴覚が強い。人間の脳は、より信用できる方に重きを置いて最終決定する

人間の脳は、より信用できる方に重きを置いて最終決定する 聴覚が直接

no image
『本土の人間は知らないことが、沖縄の人はみんな知っていること』書籍情報社

p.236 細川護熙首相がアメリカ政府高官から北朝鮮の情勢が緊迫して

no image
錯聴 柏野牧夫

マスキング可能性の法則 連続聴効果 視覚と同様に、錯聴(aud

→もっと見る

PAGE TOP ↑