国際観光収支の黒字に意味があるのか?
公開日:
:
最終更新日:2023/05/30
路銀、為替、金融、財政、税制
観光基本法が全面改正された法制上の大きいな理由は、中央集権規定の廃止であった。農業基本法等戦後成立した基本法はみな中央集権規定が例文のように存在したが、それらの規定は順次基本法が全面改正されるたびに廃止されていった。最後に残ったものが観光基本法のそれであったが、観光基本法はあってもなくてもよい基本法であったため、中央集権規定が存在しても実害がなかったのである。
私が観光協会在職中、二階俊博代議士が観光基本法の改正について新年賀詞交換会で触れられた機会に、議員会館にお邪魔をして、観光基本法の問題点をご説明させていただいたことがある。佐伯宗義代議士が当時この中央集権規定がある観光基本法に大反対をしたことを申し上げると、二階先生は佐伯宗義代議士のことをご存じであった。
ふたを開けてみて、私も驚いたことがある。法律名が観光立国推進基本法になっていたことである。条文作成は衆議院の法制局職員であったろうが、大枠は二階代議士が決めたはずであり、字句「観光立国」を二階先生はご自身の著作でも用いておられるから、相当気に入っておられたのであろう。
さて、基本法の政策理念である。総花的な記述はさておき、外貨獲得の政策理念は日本の場合不要どころか、逆に国際問題視されかねない。自由な活動にゆだねるほうが良いと考えられる時代になっている。アウトバウンドもインバウンドもである。そこで、政策理念として、国、地域の誇りの理念が記述されることとなっていた。日本の国際的地位に比べて、日本を訪問する外客数があまりにも少ないという珍しい字句が前文に挿入されている。教育基本法を制定した直後の第一次安倍内閣の時である。観光基本法はもちろん議員提案ではあるが。
トランプ大統領が盛んに貿易赤字を問題視している。日本の観光研究者も観光収支の黒字の是非を頭から疑ってかからない者が多い。しかし、浅川雅嗣財務官は、『公研』2017年7月号で、二国間の貿易収支の黒字、赤字に着目することがどれほど意味があるのか、正直疑問なしとはしないと述べておられる。(浅川氏は私が海事産業課長時代に主計局の運輸省担当主査で、国際船舶制度の予算要求をさせていただいたことがある。)氏は、貿易が行われるその裏側で、それよりもはるかに巨大な額の資本取引が行われているわけだと述べられる。要は投資が多すぎて、貯蓄が足りないということだとバッサリ切り捨てておられる。
浅川氏の言葉を借りれば、日本の国際社会に占める地位を考えると、政策として、旅行収支の黒字に着目する意味がどれほど意味があるのかということにもなる。国際旅客運送収支はオープンスカイ政策により、ナショナルフラッグキャリア概念すら消滅している。頭数としての外客数が増加することは、日本の文化を見てもらうという視点では好ましいことであり、子供たちに自慢できることある。しかし、政治的には旅行客を送り出す方が力を持つことは間違いがない。モノの見方であるから仕方がないのである。
中国は、域外旅行客が2億人になると予想している。団体客は安売りツアーを規制する方針のようであるが、個人旅行は規制できず確実に伸びる。世界中の観光地が中国人旅行客の獲得競争に乗り出せば、中国の政治的力が増すことは仕方がないのである。
関連記事
-
報告「南チロルのルーラルツーリズム発展における農村女性の役割」を聞いて
池袋の立教大学で観光研究者の集まりがあり、標記の報告を聴く機会があった。いずれきちんとした論文になる
-
「宿泊税とオーバーツーリズム」論議への批判
私の博士論文では、観光税制を詳しく取り上げたが、当時は誰も関心がなかった。いま議論されている宿泊税
-
書評『みんなが知りたいアメリカ経済』田端克至著
高崎経済大学出身教授による経済学講義用の教科書。経済、金融に素人の私にはわかりやすく、しかも大学教
-
明治維新の評価 『経済改革としての明治維新』武田知弘著
明治時代の日本は世界史的に見て非常に稀有な存在である。19世紀後半、日本だけが欧米列強に対抗し
-
『平成経済衰退の本質』金子勝 情報、金、モノ、ヒト、自然 について、グローバリゼーションのスピードが違うことを指摘 情報と人流のずれが、過剰観光
いつも感じることであるが、自分も含め観光学研究の同業者は、研究原理を持ち合わせていないということ
-
須田寛「国鉄改革を顧る」(くらしのリサーチセンター)メモと国の交通施策への感想
敬愛する須田寛氏の対談メモ。内容は既に知られていることではあるが、当事者が語ったものとしては数少ない
-
1936年と2019年のホスピタリィティ比較
『ビルマ商人の日本訪問記』ウ・ラフ著土橋康子訳を読むと、 1936年当時の日本の百貨店のことを、店
-
保護中: 『from 911/USAレポート』第827回 「アベノミクスの功罪と出口シナリオ」冷泉彰彦 これだけ識字率と基礎算術と社会性の訓練を受けた分厚い人口を抱えた大国が、利幅が薄く労働集約型の観光業を主要産業とするという、どう考えても悲劇的な産業構造に追い詰められた、これは7年半にわたって改革に消極であったことのツケにしても、随分と妙な方向になったと思います
結果的に、これだけ識字率と基礎算術と社会性の訓練を受けた分厚い人口を抱えた大国が、利幅が薄く労働
-
英国のドライな対外投資姿勢 ~田中宇の国際ニュース解説より~
私の愛読しているメール配信記事に田中甲氏の田中宇の国際ニュース解説 無料版 2015年3月22日 h
-
「キャピタリズム マネーは踊る」マイケル・ムーア
https://youtu.be/aguUZ7PGd2A https://youtu.be/a