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◎◎2脳への刺激(脳波信号解析)と観光~「ダーク・ツーリズム」批判~

公開日: : 最終更新日:2016/11/25 戦跡観光

 脳波信号解析研究の結果、人間の脳波の周波数はほぼ0~30ヘルツの領域に収まり、その周波数の組み合わせで、その時の気持ちや心理をより正確に把握でき、より深く人間が理解できるようになってきている。「好き」「嫌い」「興味」「満足」「快適」「ストレス」「リラックス」等16の感情について周波数の組み合わせも明らかにされている。

 ダークツーリズム(Dark tourism)なる概念は、1990 年代に提唱されはじめた概念であるとされている。脳波信号解析の手法を用いて説明すれば、「興味」度が高いもののうち、「嫌い」度が高いものを観光資源として分類するということになる。現在日本と隣国の間で歴史認識をめぐり論議が交わされているが、論議されることにより注目度が増し、人を移動させる力があるものとして価値が高まるのであれば、観光資源としては評価されるのである。
 
 しかしながら「嫌い」度が強くて「興味」度を遥かに超えてしまうと観光資源価値が消滅してしまう。韓国のいわゆる敵産家屋は日帝残滓、日帝痕跡として認識され、「朝鮮総督府」や「旧ソウル市役所」は消滅している。ムンバイの駅舎チャトラパティ・シヴァージー・ターミナスは大英帝国植民地支配の象徴であったが、世界遺産に登録され観光資源として活用されている。群山市に代表されるように、日本でも少なくなってきている日本家屋を日本人用に活用することは観光政策としては評価に値することである。
 
 「ダーク」は黒人差別を連想させる「ブラック」を回避している。そこには既に価値判断が入り込み、人種差別的批判を回避しようとしている思惑があるが、人種差別も人類にとっては記録遺産である。アメリカ国内には、ローザ・パークス記念館(日本語によるGoogleヒット数4万 以下同じ)、国立公民権博物館(4万3千)等が観光資源として存在し、マーチンキング暗殺場所において、ブルースB.B.キングは、その物悲しい音色を「恥と辱めに対する怒りの表現」と例えている。日本人強制収容所(80万)であるマンザナール強制収容所跡は1992年にNational Historic Siteに指定されているが、強制収容に反対して政治生命を失ったラルフ・ローレンス・コロラド州知事(7千)の存在と組み合わせれば、杉原千畝氏と同様の記憶遺産にすることができる。

 ダークとする価値観は、中期的には風化の第一歩を進みだすものであろう。いずれ当事者が風化してしまえば価値中立的にならざるを得ない。政治学としてはそれで問題解決である。三国志や源平合戦の史蹟のようなものであり、場所そのものが曖昧にすらなる。そうなると刺激性がうすれ、観光資源としての価値は少なくなり、学術的、芸術的価値のあるものだけが残るのであろう。

注)藤田嗣治の「戦争画」のように、評価が二転三転するとドラマ性が増し、時代を超えて、芸術的価値として継続するのである。

 ユネスコはハイチ革命が始まった8月23日を奴隷貿易とその廃止を記念する国際デーに定めている。英国は奴隷貿易(奴隷制ではない)を廃止した1807年奴隷貿易法から200年目に当たる2007年の国際デーに、リバプールに国際奴隷博物館(34万)を開設している。学術価値だけとはいかないまでも、刺激性が薄らいできている表れであろう。
 
 貨幣経済の成立とともに売春を含めた風俗ビジネスが世界中に発生し、観光資源として現在まで継続して存続している。そして風俗産業の規制とともに、合法化時代の産物である遊郭跡等が観光資源化した。この遊郭跡等は、興味度はともかく性別では「好き」度「嫌い」度に違いがあらわれるのか、脳波信号測定により明らかにする価値がある。

 「明治日本の産業革命遺産」のうち、Google検索による軍艦島のヒット件数が80万件、聞蔵が636件に対し、釜石の橋野鉄鋼山高炉跡はそれぞれ1万件、0件であるから、刺激性、つまり観光資源価値として、圧倒的に軍艦島が優っている。資源の集客性(つまり観光資源)に注目して「産業遺産」登録(文化財としての評価を得ること)を行うこと自体が政策的には内部不協和なものを抱える行為なのであるから、その結果発生するリアクション(文化的価値を認めない行為)を感受することは覚悟しなければならないことである。
 
 トリップアドバイザーによる世界の人気観光スポット~博物館・美術館編~では広島平和記念資料館が上位になる。好き嫌いを超越して興味の対象となっている結果である。米国ホロコースト記念博物館はDCの数多い博物館の中でも第一の人気博物館であり、多くのアメリカ人の興味を集めている。逆にアメリカ・インデアン博物館(2004年開園)はホロコースト博物館との比較において、大虐殺を隠ぺいしていると批判されている。しかし、このように、比較的価値判断が多くの人に共有されていると思われている「広島原爆ドーム」あるいは「ビルケナウ収容所」(注)ですら注目を浴びたタイミングまでを考えると、極めて政治的なものである。大戦直後にはそれほど注目されなかったホロコーストや原爆被害は、あとで思い出す行為であったから「フィクション」が入り込む可能性がある。それでも観光資源としては刺激が強ければ力があるということになるのである。

(注)『戦争を記憶する』(藤原帰市著 講談社現代新書 2001)「日本の場合、原爆投下直後から広島の悲劇が広く語られていたわけではない。広島の記念館開設は、1950年代の日本における平和運動の高揚と切り離せない。・・・占領軍の検閲のためもあったが、原爆被害の規模は国内世論には知られていなかった。1950年代前半に語られたのは、むしろ東京大空襲や阪神大空襲のような空襲経験のほうであった。」
 「ホロコーストの記憶も同様である。民族的栄光を担う第一世代のシオニストは無抵抗に死んでいったホロコーストの犠牲者と一線を画した。そのシオニズムがイスラエル国民を統合するためのシンボルとはなりえなくなったことにより、ホロコーストが国民統合のシンボルに昇格していった。ホロコースト認識の転機は1967年、73年と相次いで起こった中東戦争であり、」「 第三次中東戦争は、アメリカ・ユダヤ人社会におけるイスラエルの存在への関心の高まりと同時に、ホロコーストの悲劇をめぐる言説がアメリカ社会に浸透し始める契機にもなった」のである(『イスラエル』(臼杵陽著岩波新書2009)p113)。
注)エノラ・ゲイ展示:スミソニアン航空宇宙博物館の別館となるスティーブン・F・ウドヴァーヘイジー・センター(ワシントン・ダレス国際空港近郊に位置)において、その歴史的背景から破壊行為などが行われないよう、厳重な管理下の元で公開されている。原爆被害や歴史的背景は一切説明されていない。

 ダークツーリズムの代表例に、虐殺記念館があげられる。戦争は国家政策の一つであり、外交の延長上で考えられていた時代には、適当なところで講和をはかった。明治の元勲にはその意識があったとされる。ところが第一次世界大戦はメディアもあおりたてる国家総力戦に変化し、非戦闘要員も巻き込まれて二千六百万人が死亡する大規模な殺戮戦となってしまった。
 
注)北岡伸一氏は昭和政治史最大の愚行の一つとして近衛内閣の「対手にせず」声明をあげている。日清戦争時に伊藤博文は政治の最高責任者として大本営に参加を主張し、戦争末期に北京攻略作戦が検討されたときに強く反対。相手政府なしには和平工作ができないと批判している態度と対照的である。

 今日、虐殺記念館に記録として残されているものの多くは、戦争行為の範疇にはおさまらないもの(戦闘行為であれば犯罪とはされない)が多いが、刺激性が強く、多くの人を訪問させる力を持っている。1979年に世界遺産リストに登録されたアウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所、1996年に世界遺産リストに登録された原爆ドームが代表例である。カンボジアのトゥール・スレン虐殺犯罪博物館は『キリングフィールド』( 年)、ルワンダのムランビ虐殺記念館は『ホテル・ルワンダ』(2004年)台湾の台北二二八記念館(*)は『非情都市』(1989年)といった映画とともに話題を継続させ、多くの訪問者をえている。虐殺をテーマにしているだけに、その評価には関係者によって定まらないものがある。アルメニア虐殺記念館については、トルコ政府は公式には虐殺を認めていない。侵華日軍南京大屠殺遇難同胞紀念館が設置され、2009年に作成された『ジョン・ラーベ 〜南京のシンドラー〜』(注)等による映画化もあり、多くの訪問客を引き付けるものとなっている。ユネスコは「南京事件」を巡る資料を記憶遺産に登録することを決めたことから、メディアへの露出度が高まり、更に多くの訪問者を引き付けることとなるであろう。
 
注)1947年2月28日に台湾の台北市で発生し、その後台湾全土に広がった、当時はまだ日本国籍を有していた本省人(台湾人)と外省人(在台中国人)との大規模な抗争。1992年、台湾の行政院は、事件の犠牲者数を1万8千~2万8千人とする推計を公表している。
注)外務省HP「日本政府としては、日本軍の南京入城(1937年)後、非戦闘員の殺害や略奪行為等があったことは否定できないと考えています。しかしながら、被害者の具体的な人数については諸説あり、政府としてどれが正しい数かを認定することは困難であると考えています。」
注)1993年に「シンドラーのリスト」として映画化されたオスカーシンドラー(Oskar Schindler約 56万件)、日本のシンドラーとして杉原千畝(40万件,sugihara chiune約9万件)

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