*

グアム・沖縄の戦跡観光論:『グアムと日本人』山口誠 岩波新書2007年を読んで考えること

公開日: : 最終更新日:2023/06/03 戦跡観光, 観光学評論等

沖縄にしろ、グアム・サイパンにしろ、その地理的関係から軍事拠点としての重要性が現代社会においては認められる(サイパン陥落は東條内閣辞職原因になったくらいであり、沖縄基地問題は現在でも日米関係の歴代内閣の重要課題である)。航空交通の要所であるから、人流の要所でもあり、観光地しての優位性も有する。戦略拠点は観光拠点にもなるのは人流の視点からすれば当然交通の要所となり、移動させるモティベーションが高ければ観光地になるのである。
軍事拠点であることから、日米戦争においては激しい攻防が繰り広げられた。平和が回復した後、生き残った戦闘の当事者や家族が訪問する事から始まった人流(いわゆる慰霊「観光」)が、航空交通の要所であるところから、直行便も整備されリゾート観光とともに、当事者ではない学生を対象とした「修学旅行」の目的地にもなった。
本書は「戦争を埋め立てた楽園」というサブタイトルが著者の執筆姿勢をあらわしている。しかしながら、本文中の用語「観光」の使用方法については、予想通り私には満足の行くものではなかった。観光概念を展開するための著作ではないから当然でもある。慰霊「観光」なる用語の登場がその代表例である。慰霊に重きを置く立場の人からは、かつて文化観光都市に反発した梅棹忠夫流に言えば、「慰霊と観光を一緒にしてもらっては困る」と言うことになる。そこには観光は表面的な行動であり、遊びであるという考え方があるからである。

沖縄もグアム・サイパンも、島嶼部であり長くそこに暮らしてきた人々が存在する。高媛氏のゲストホスト論(*)を拡大すれば、グアム・サイパンのホストはチャモロ人であり、本書もその視点での記述も含まれている。拡大するというのは、中国においてはチャモロ人に当たる「満州民族」も中国人としてのホスト集団に含まれるからであり、その意味では不十分ながらチャモロ人はアメリカ人に含まれてしまうからである。いずれにしろ拡大したホストゲスト論で言えばゲストの位置づけになるアメリカ人及び日本人の立場からすると、1966年当時、慰霊碑設置をめぐり、両者は大きく立場がかい離していたことが紹介されている。日本人の建立しようとした慰霊碑に対して、当時、アメリカ在郷軍人会から強い異論が出されたからである。
その一方で、アメリカ合衆国において経済的に取り残されていたチャモロ人自身は、ホストゲスト論的視点よりも、純粋にリゾート開発的視点で日本人観光客の誘致を考えていたのである。

当時話題になった横井庄一氏(*)が28年もグアムのジャングルに潜伏した理由も理解できる。つまり、戦闘行為はもとより、日本人、アメリカ人、現地人の間で戦争法規とは別次元の殺戮も行われたことの影響である。その刺激性も当事者がいなくなることにより弱くなる。また、日中歴史認識のような現代からみての対立状況も存在しなくなったことから、慰霊碑を観光資源とする日本人も大幅に減少してしまった。本書はそのことに対する警告を発している。その場合においての「観光」の使用法に不十分な点があるのである。

なお、アメリカからは直行便がないことも地理経済的には当然であろう。アメリカ人には珍しくもないリゾート地であり米軍の基地の島なのである。現在では日本からの直行便も最盛期ほどの勢いはなく、台湾、韓国からの直行便が増加している。中国人等からすれば、戦跡の意味も異なるものである。
観光・人流を考える視点では、対立が強ければその資源価値が高くなるのであるが、沖縄もグアムサイパンも現在では、それ以上にリゾート地としても価値が高くなってしまった。従って、ひめゆりの塔をめぐる修学旅行問題(*)も発生するのであろうが、観光・人流を論じる視点においては、刺激性が薄れるものであれば当然の帰結でもある。

観光・人流を発生させる元となる刺激を与えるガイドブックも、本書では日本人用とそれ以外での違いを分析している。この点は研究手法として参考になる。戦跡に関する記述があるガイドブックを読んでくる観光客と、そうではないガイドブックを読んでくる観光客では、見えるものが違うという記述は、その通りであるが、グアムに限るものもなく、また戦跡に限定されるものでもない。しかしガイドブックを情報源とする観光から、インターネット、スマホにより情報を得る観光になれば、観光客自身の選択による部分が大きくなる。その場合には、検索のアルゴリズムが問題となる。そのためにも強い刺激性のあるものが求められ、戦争等死者数の多いものの刺激が強いのであろう。

関連記事

no image

『仕事の中の曖昧な不安』玄田有史著 2001年発行

書評ではなく、経歴に関心がいってしまった。学習院大学教授から東京大学社研准教授に就任とあることに目

記事を読む

no image

岩波新書『日本問答』

本書では、大島英明著『「鎖国」という言説 ケンペル著・志筑忠雄訳『鎖国論』の受容史 人と文化の探究』

記事を読む

no image

「若者の海外旅行離れ」という 業界人、研究者の思い込み

『「若者の海外旅行離れ」を読み解く:観光行動論からのアプローチ』という法律文化社から出版された書

記事を読む

no image

ダークツーリズム ベトナム戦争戦没者慰霊碑  ハルピン 731部隊記念館

アメリカは原爆投下機等、ダークツーリズムであろうが、内務省・国立公園管理局の史跡としている。 マ

記事を読む

no image

『コンゴ共和国 マルミミゾウとホタルの行き交う森から 』西原智昭 現代書館 

西原智昭氏の著書を読んだ。氏の経歴のHP http://www.arsvi.com/w/nt10.h

記事を読む

no image

『細菌戦部隊と自決した二人の医学者』常石敬一、浅野富三

p.97に「厚生省の設置」の記述があるが、著者は「厚生」の語源には興味なく触れていない。観光研究

記事を読む

no image

新語Skiplagging 「24時間ルール」と「運送と独占の法理」 

  BBCの新しい言葉skiplagging

記事を読む

no image

田口亜紀氏の「旅行者かツーリストか?十九世紀前半フランスにおける“touriste”の変遷」(Traveler or “Touriste”? : Distinctions in Meaning in Nineteenth Century France)共立女子大学文芸学部紀要2014年1月を読んで

2015年4月15日のブログに「羽生敦子立教大学兼任講師の博士論文概要「19世紀フランスロマン主義作

記事を読む

no image

『地方創生のための構造改革』第3章観光政策 論点2「日本における民泊規制緩和に向けた議論」(富川久美子)の記述の抱える問題点

博士論文審査でお世話になった溝尾立教大学観光学部名誉教授から標記の著作物を送付いただいた。NIRAか

記事を読む

no image

「DMO」「着地型観光」という虚構

DMOという新種の言葉が使われるようになってきていますが、字句着地型観光の発生と時期を同じくします。

記事を読む

PAGE TOP ↑