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『旅程と費用概算』、『ツーリスト案内叢書』にみる字句「遊覧」「観光」

公開日: : 最終更新日:2016/11/25 用語「人流」「観光」「ツーリズム」「ツーリスト」

都立図書館で閲覧可能な「旅程と費用概算」及び「ツーリスト案内叢書」により、当時の字句「遊覧」「観光」の使用例を概観してみた。両者とも鉄道省国際観光局及びジャパンツーリストビューロが編集したものであり、当時の関係者の遊覧、観光に対する意識がうかがえる資料である。

1『旅程と費用概算』

まず「旅程と費用概算」である。総じて遊覧が使用されているが、回遊、周遊、観光も用いられている。1920年版では、遊覧が大半であるものの、瀬戸内海遊覧旅程、別府廻遊旅程では「観光場所」が使用されている。逆に北海道観光旅程では視察場所が使用されており、また、支那廻遊旅程では本文中では周遊、「観光場所」が使用されており、用語使用に統一性がない。1924年版もほとんどが遊覧であるが、極めて例外的に字句「視察」「観光計画」が各々一回使用されている。1925年版『満蒙と満鉄』では外地であるものの、観光は使用されていない。1932年版も内外とも圧倒的に遊覧が使用されている。京都については「市設京都観光案内所」が紹介されるとともに、「観光遊覧のために入洛する観光客」という表現が使用されている。1930年に京都市観光課が設置されたことの影響が出ている。また広告欄において、箱根に所在する旅館の固有名詞としての「観光旅館」及び「高松市観光課係」が出てくる。国際観光局の設立後の各地での動向がうかがわれる。1936年版は東京地区について、目次では固有名詞としての「観光案内所」が使用されているものの本文には出てこず、遊覧が使用されている。京都地区については、1932年版とは逆に目次に「京都観光案内所」は登場するが、本文においては大半が京都遊覧日程と言った遊覧が使用されている。1940年版においては京都のみ観光日程案が遊覧とともに使用されているが、他の地域は遊覧のみが使用されている。

2『ツーリスト案内叢書』

「ツーリスト案内叢書」は1935年から1941年にかけて21巻がジャパン・ツーリスト・ビューロー(日本旅行協会)から出版された。巻によってはネットで千円程度で入手できるものもあるが、東京都立中央図書館では15巻分が収蔵されており、閲覧できる。この閲覧可能な「ツーリスト案内叢書」により、当時の字句「観光」の使用例を概観してみる。鉄道省国際観光局設置後の出版物であるが、依然として字句「ツーリスト」を使用している所が特徴である。本来「ツーリスト」は外国人に対して使用されるものであり、ジャパン・ツーリスト・ビューロが発行する以上「ツーリスト案内叢書」も建前上は外客用ということになるはずであるが、国際観光局設置から5年を経過している1935年時点では、国内観光事業の案内についても日本人に対しても利用されることを念頭に作成されていることが読み取れるところとなっている。その意味では、「ツーリスト案内叢書」「費用と旅程概算」は日本で初めて作成された公的な観光情報提供システムということができる。

各「ツーリスト案内叢書」を概観すると、「関西聖地巡礼」を除き、字句「観光」は概して使用頻度が少なく、遊覧等の他の字句との使用にあたって統一されているとは言い難い状況であったと感じられる。1938年1月発行「北陸・高山線地方」では固有名詞の観光ホテル河鹿荘の他は「金沢観光案内図」の用例が唯一であり、1940年6月発行「大和めぐり」では目次の「観光日程」(北陸高山版では「遊覧日程」)が唯一であった。しかしながら、1940年6月発行の「関西聖地巡拝」では大阪につき「観光順路」「一般観光」「単なる観光」「観光時間」、京都につき「観光順路」「定期観光バス」の用例が見られ、この巻に関する限りは、字句「観光」は日本人の国内観光の意味が含まれていると総合的に判断しても差し支えない状況になっていた。同じ1940年6月「山陰地方」でも「観光日程」「松江観光略図」「天の橋立観光」の用例、1940年8月「富士及甲信地方」は「観光日程」「恵那峡観光略図」の用例が見られた。1940年9月「東京地方」及び1940年9月「中部山岳地方」では用例は見られなかった。1940年9月「日光・塩原・那須・上越地方」は「観光日程」(なお、同巻では「保健と休養」を強調している)、1940年10月「房総・水郷・常磐地方」では「房総観光協会」の宣伝文句として「千葉県下の観光には当協会をご利用ください」とあった。1940年12月「東海地方」及び1940年12月「東北地方」は用例は見られなかった。1940年12月「京都地方」は「世界的観光都市」の用例が見られた。1941年5月「四国地方」は高松市観光課と高松観光協会の宣伝(裏表紙)の「観光の御相談に是非ご利用ください」「淡路観光」1941年8月「九州地方」は別府市観光課及び別府市観光協会の宣伝、阿蘇観光ホテル、鹿児島観光協会の宣伝があった。

3 ジャパン・ツーリスト・ビューロにおける字句「遊覧」「観光」等の使われかた

以上のことから、国際観光局が設置された時点において、字句「遊覧」と「観光」の用例は一般社会においては確立しておらず、回遊、周遊も含め使用者の判断によるところが多いと判断される。当時最も専門家と考えられる鉄道省国際観光局及びジャパンツーリストビューロの関係者においてもうかがえるところであるから、ましてや一般国民においては、遊覧と観光を使い分ける段階には至っていないと考えられる。このことは今日日常使用される観光、遊覧、周遊、回遊においても同様であり、「観光学」研究において常に論議されるところとなっている。

4 各地観光協会における字句「観光」のつかわれ方

1930年の国際観光局の設立の影響を受けた結果、1935年全国に設置された観光協会が400を超え、全国的連合会が必要であるということから、鉄道省国際観光局所管の全日本観光連盟が設立された。全日本観光連盟は鉄道省国際観光局関連の団体であるから、建前としては外客誘致団体ではあるが、外客誘致の為の観光事業の整備は国内事業であり、事実上日本人の遊覧の用にも供されるものである。しかしながら財政資金を国内日本人遊覧の為に使用することができないことから、建前と本音に齟齬をきたしていたとも考えられる。この間の事情は1936年に設立された東京府観光協会に関する資料としてブログ「観光とツーリズム③」にまとめてある。わかりやすく記述すると、頭は外客誘致の国際観光であるものの、足腰は内務省、厚生省の国民体位向上であり国民の保健であった。このことが戦後の観光概念にも影響を与えて行った。

この各地に設立された観光協会とは別に「風致協会」「保勝協会」等が各地に既に設立されていた。1897年古社寺保存法が制定された。この当時名勝のほとんどが社寺に属していた。1915年頃には、史蹟名勝天然記念物保存協会が設置され、「国光」を発揚する記述がみられる。光とは文化である(『近代天皇制の文化史的研究』高木博志)。この名勝会は国の光を見る字句「観光」と極めて親和的であると推測される。

字句「観光」の使用される用例からすれば、国際観光局設立を契機として各地で陣容が整えられた団体が観光協会を名乗るようになり、地域によっては鉄道省の思惑を超えて、日本人への御当地の観光宣伝事業を表に出し始めたと判断される。代表としてある京都市においては明らかに1934年を境に「遊覧都市」と称していものが「観光都市」に変更している。そしてこのことが一般的に使用される観光の意味の変質をもたらす要因となったのではないかと思われる。

 

 

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