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🌍🎒シニアバックパッカーへの旅 2022年5月10日 トルコ カッパドキア 

公開日: : 最終更新日:2023/06/14 シニアバックパッカーの旅

 
facebook投稿文
 
トルコ観光に来てカッパドキアは話題として外せないので、加えた。日程的にトロイは無理で、サフランボルの隊商宿なども行きたかったが、割愛。
カルスからの遅延でトランジットがキツく、ファイナルコールが始まっていたが、滑り込みセーフ。席はアップグレードされていたが、真ん中席。でも両脇の女性達が変わってほしいというので窓側へ。彼女達もアップグレート組だろう。マイル使用するも、モノクラス路線の旅行が増加するにつれ、使わなくなっていた。アップはありがたいが、食事は全部一緒で、4回利用したが、全て同じ。ペガサスはノーフリルで、販売に勢力を使っていた。
カッパドキアの名は、全日空機による訪土金丸ミッションに、役所から派遣された時に知った。招待組だったので、遠慮してイスタンブールにのみ留まり、毎日同じバイキングを食べ、いささか飽きたことをよく覚えている。夕食を招待してくれた人がいたのだが、前日に招待されたレストランと同じだったのも思い出。
まだ、第二橋はかかっておらず、トルコ大使館参事官が、確かトルコ風呂の名称に苦言を呈していた時期であった。国際線も全日空はチャーター便しか認められていなかった。私も、当時海外旅行倍増計画の事務をしており、パンフレットを機内の各席に配布したのもおもいでだ。
参加できたのは、二階俊博代議士が当選2回目の時期で、観光に力を入れておられた縁である。故長田秘書がなにかと声をかけてくれたからであろう。金丸事務所がパレロワイヤルにあり、四国フェリーの幹部が生原秘書を紹介してくれたことも、心の支えになった。二階事務所は、催行能力が抜群で、当該旅行で収益を上げ、金丸先生のお褒めに預かったことも故長田氏から聞かされたりし、将来の幹事長の片鱗が現れていたのだろう。
今回飛び立ったイスタンブール空港は当時はまだなく、ペガサスが使っているアジア側の空港のみであった。ただイスタンブールの空港は鉄道アクセスがないので課題。観光資源は、欧州全部が逆立ちしてもかなわないくらいあるとおもう。そもそも、言語も、人種も皆アナトリアからでているから、文化で敵うわけがない。
昔話をするようでは、もう若くないのだろう。

カッパドキア

 

アニからカッパドキアへ。前回は国会議員団の招待旅行であったので、遠慮してイスタンブルどまり、ランドは申し込まなかったが、後悔している、カッパドキアはその時に存在を知ったので、いつかはゆきたいと思っていたので、今回は外せない。気温が低く比重の軽い早朝の気球に乗って上空からの遊覧が目玉らしいが、東京で飛行船に乗ったことがあり、時間がもったいないので早朝ハイキングにした。地下都市は驚き。キリスト教が迫害を受けていた時の遺物のよう。

以下facebook投稿文

10日夜、カッパドキア空港に到着。ネームカードをもったピックアップサービスの人が迎える。自分の名前を見つけるとホッとする。一人8ユーロ。
bookingcomの宿はホストが経営するレストランの階下、ゲストが残していったものに日本語の書籍があった。洞窟をイメージしたしつらえになっている。電源確保して直ぐに就寝。
朝5時、日の出が素晴らしいと言われたが、翌日のトルコ国鉄の予約が気になり、操作を繰り返すがうまく行かない。諦めた頃は六時。散歩にでかける。
至るところで奇岩をみかけるが、やはり遠くからみるもの。誰でも見られるから見学料金がとれるものでもなく、気球観光が行われている。気温の低い朝しかできず、盛んに予約をすすめるメールが来た。
当初は屋外博物館からローズバレーを回るつもりであったが、ローズバレーは近づいてみても仕方がないと博物館を場外から見て宿にUターン。
遠望に気球がみえた。まだ数個で、ポスターにあるようなものではない。意外と低空飛行。バブル時期に飛行船の機会があったが、エンジン音がうるさかった思い出、気球はどうなのか。散歩帰り際に気球を運ぶ車とすれ違う。意外と小さいもので、ボートを牽引する要領で引っ張っていた。
宿の主人にトルコ国鉄のオンライン予約がうまく行かない相談。彼のスマホでも同く上手く行かない。礼をいってチェックアウト。
洞窟地下都市のカイマクルは、ネフェシエまでバス10リラでもどって、別のバスでカイマクルまでゆく。乗り継ぎは親切な人がいてスムーズ。
カイマクル地下都市は紀元前から存在し、最大期2万人規模だったそうだ。。外的を恐れるあまり、地下5階まで堀進んだ住居跡を探検すると、当時の人たちの様子がうかがい知れる。。ベトナムの地下トンネルもすごかったが、時代を考えると大変なことである。見学者が多いのも理解でき、ガイドも急がしそうであった。
カイマクルからネフェシエまでバス16リラで戻ったが、アンカラ行きのバス乗り場は郊外にあると言うことで、そこまでタクシー、80リラ。
バスターミナルでバスの変更を申し込む。3:30ならできるという事で助かった。ターミナルの従業員に日本にいたことのある人がいた。バスはイスタンブールまで行く長距離、wifiに映像、水、コーラ、スナックもサービス、電源は故障していた。
 
 
 
 
 

アンカラへ

 

旅行準備資料

◎ネブシェヒル, KAYSERI

 

バス会社

https://www.nevsehirseyahat.com.tr/

https://www.metatur.com.tr/

宿 STAY IN PEACE CAVE HOSTEL

ギョメレのバス停から宿

 

ギョレメ街 goreme

https://youtu.be/FudeDaxTpag
https://youtu.be/PF26-0vtp1M

◎ギョレメパノラマ

◎ローズバレー

https://youtu.be/aVIg-W8lErY

 

 

 

◎ギョレメ屋外博物館

◎地下都市 デリンクユ カイマクル

https://youtu.be/6RJAvzb7-4k

https://youtu.be/6RJAvzb7-4k

タクシー一日周遊350TL  www.goremetaksi.com

 

https://youtu.be/wiB3FJJEsPQ
https://youtu.be/1teCYFn_X3Q

カッパドキアはトルコの中央アナトリアの歴史的地域、あるいはアンカラの南東にあるアナトリア高原の火山によってできた大地をいう。古代の地理においてCappadociaは、小アジア(現代のトルコ)の広大な内陸地域を指した。ヘロドトスの時代には、「カッパドキア人」がタウロス山脈から黒海)までの全域をなしていた。この意味でのカッパドキアは、南ではタウロス山脈と、東ではユーフラテス川と、北はポントス地方(黒海沿岸部)と、西はおよそトゥズ湖と境界を接していた。だが、その境界を正確に定義することは不可能である。その国の多少とも詳細な記録を記したただ一人の古代の著述家ストラボンは、その大きさを非常に誇張したが、現在は長さ約250マイル、幅150マイル以下の範囲だったと考えられている。

一口にカッパドキアと言っても、南北50kmにもおよぶ長さで奇岩や村が点在。 ギョレメの村周辺には、キノコ岩が林立。 古代ローマ時代に、この周辺キリスト教徒が岩を掘って住みはじめたとされていて、 奇岩の中を掘った教会が多数残されている。 

◎ギョレメ

“妖精の煙突”と呼ばれる岩の形成物の間に位置するギョレメ は、トルコの歴史地区カッパドキアの町である。1985年にユネスコの世界遺産リストに加えられた。この地域への初期の移住は キリスト教が伝播した頃の古代ローマ後期にさかのぼる。史跡の中にはギョレメのオルタハネ、ドゥムス・カディル、ユフス・コックとベジルハネの教会、岩から彫られた家々と縦抗がある。 地下45メートルまでには、広範囲の地下都市が近年発見されている。

ぎょめれ
チムニーストーン
地下都市カイマルク

 

世界遺産カッパドキア 熱気球朝日鑑賞ツアー<午前/軽食&シャンパン付き/英語ガイド/カッパドキア発>一人220€

ギョレメ国立公園とカッパドキアの岩窟群
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