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QUORAに見る観光資源の嘘 「ラーメン王」「ミスターヌードル」として後世にも語り継がれる伝説の人となっていますが、驚くべきことに、実は発明なんてしていなかったということが明らかになっています。

公開日: : 最終更新日:2023/05/23 伝統・伝承(嘘も含めて), 観光資源の均一化


今では社会的に高く評価されている人物の中で、とてつもなく社会的に評価が低かった黒歴史がある方はいますか?

インスタントラーメンを発明し、世界の食に革命をもたらしたとして世界的に評価の高い安藤百福です。

「ラーメン王」「ミスターヌードル」として後世にも語り継がれる伝説の人となっていますが、驚くべきことに、実は発明なんてしていなかったということが明らかになっています。


1.研究小屋など存在しなかった

安藤百福自伝『魔法のラーメン発明物語』(日本経済新聞社2002年)によると、昭和31年に理事長を務めていた信用組合が経営破綻し無一文となって、池田市の「研究小屋」でインスタントラーメンの研究を始めたそうです。約一年後の昭和33年にほぼ完成、家族総出の生産作業に入ったとあります。

ところがこれは真実ではありません。

昭和33年に百福が籠もっていたのは「研究小屋」などではなく、拘置所だったのです。

百福が理事長を努めていた大阪華銀は、昭和32年9月に放漫経営から取り付け騒ぎを起こします。百福はその最中に400万円を横領した疑いで逮捕起訴され、翌33年に有罪が確定しました。もちろん、この事実は自伝では触れられていません。

横領の理由は、相場に手を出して大損した穴埋め。

(『財界展望』昭和58年5月号)

つまり、自伝の記述は真っ赤な嘘だということになります。

台湾人である百福はその人脈を活かし、戦前から手広く事業を営んでいましたが、戦災で多くの建物を失いました。自伝ではまるで戦後の灰燼の中から再起したような物語が描かれていますが、台湾人である百福は戦勝国民となって莫大な賠償金を手にしており、それを元手に戦後さらに事業を拡大したのです。昭和31年の時点でいまだ大阪華銀の理事長を務めており、チキンラーメンの開発時点において既に日本屈指の富豪とされていました。

2.チキンラーメンは他人の発明品

自伝によると、百福は妻が夕食に揚げた天ぷらをヒントに「瞬間油熱乾燥法」を考案したとあります。

これも嘘です。

拘置所を出た百福は、華僑仲間である許炎亭という人物と再会します。上掲の記事において「安藤君とラーメンの結びつきは私が作った」と述べている人物です。

許炎亭は、大和通商という会社の役員でした。大和通商は華僑の陳栄泰が経営する会社で、その陳の発明品である「鶏糸麺」という製品を大阪で販売していました。鶏糸麺とは、明時代の中国で点心として賞味されていた「鶏絲麺」にヒントを得て作られた即席麺、つまりインスタントラーメンです。

(『新日本経済』昭和38年1月号)

なお、陳栄泰は鶏糸麺を自分の発明だと主張していますが、これも嘘だということが判明しています。鶏糸麺は、台湾の員林という街で開業していた「清記冰果店」というお店の店主、戴清潭の妻が考案したものです。のみならず、実は台湾では鶏糸麺以前から即席油揚げ麺が各地で作られていました。

百福は許炎亭と共に会社を設立、鶏糸麺に「チキンラーメン」という名前をつけて代理販売を開始します。この頃、すでに華僑を中心に油で揚げた即席麺は市場に出回っていました。

3.稀代のトリックスター、誕生

さて、ここから起業家・安藤百福の伝説が始まります。

チキンラーメンに途轍もない将来性を見いだした百福は、「東明商行」という会社の経営者、やはり華僑の張国文が考案した即席麺の味付けに関する特許を買い取ります。

当時の価格で2300万円。現代の貨幣価値でざっと7億円ほどです。

併行して許炎亭から鶏糸麺の製法を聞き出し、陳栄泰と許炎亭にばれないよう母スマの名で特許を申請。

(『財界展望』昭和58年5月号、呉は帰化前の百福の姓)

(『新日本経済』昭和38年1月号)

こうして製法と味付け両方の特許を握った百福は、既に量産されていた即席油揚げ麺の企業に対し堂々とライセンス料を請求し、インスタントラーメン界に君臨する王者となります。

ところが、百福はここで安泰とはしません。

まさに「金のなる木」であるふたつの特許を武器に資金を調達、その莫大な資金を、広告代理店を使っての巨大キャンペーンに投じます。やがて「チキンラーメン」ほか「カップヌードル」など、日清食品のインスタントラーメンが日本のみならず全世界を席巻することになります。

百福が突然チキンラーメンは自分の発明だと言い始めたのは、上掲の張国文と陳栄泰が亡くなったからです。死人に口なし、百福は自伝を上梓して堂々と歴史を書き換えてしまいました。

こうしてみてみると、安藤百福は不撓不屈の発明家などではなく、まったくとんでもないトリックスターだということがわかります。日清食品のさまざまな記念館や博物館で展示されている百福像は一切がまやかしなのです。

しかしそこも含めて、私は安藤百福が好きなんですよね。倒れても再起を繰り返し、50歳にして意欲盛んで、鋭敏な嗅覚でインスタントラーメンの将来性を誰よりも評価し、業界が疎い特許を固めてビジネス化し、いち早く広告の重要性を理解して大金を投じ、最終的に今の評価を築いたわけですから、たとえ自伝が嘘にまみれていたとしても、やはり偉大な人物であることに変わりはないと思うのです。


本稿の内容は、以下の研究成果によるところが大きいものです。本文中の画像もこちらから引用しています。ご興味のある方はぜひご覧ください。

近代食文化研究会さんによる、チキンラーメンが語らないインスタントラーメンの黎明史

【番外編】NHK『まんぷく』チキンラーメンは本当に「発明」なのか(上) | デイリー新潮 (野嶋剛)

【番外編】NHK『まんぷく』チキンラーメンは本当に「発明」なのか(下) | デイリー新潮 (野嶋剛)

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