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日本が西洋諸国の植民地にならなかったのは何故だと思いますか?

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Ishiguro Masachika, 名古屋大学卒業 (1993年)回答日: 火曜

幕末時に限って考察すると

【米国の植民地にならなかった理由】

・黒船で来たペリーはシーボルトの著作「日本」を持っており、そこに書いてある日本地図(伊能)が、自分たちの実測とあまりにも正確で、日本人を東アジアの蛮族程度に考えていたことを見直し、攻撃ではなく外交で接触することに作戦変更しています。

・この黒船来航の8年後には米国は南北戦争に突入しており、他国の列強と日本を相手に戦いながら植民地とするよりも、日本を交易地にしたほうが都合がよかったです。特に南北戦争時、北軍は資金不足であり、手っ取り早くお金を手に入れる、打ち出の小づちが必要でした。

・ちなみに日本との主な取引商品は「ゴールド」です。世界市場からみて日本の金相場は安く、日本から金を持ち出し、他国で両替するだけで4倍の価値になりました。まさに打ち出の小づちです。このことに日本が気付くまでに、日本は現在価値で1京円ほどの金を流出させてしまいましたとさ。

・植民地化するだけの兵員導入力もなければ、お金もなく、国内安定に注力しなくてはいけないというタイミングも悪いのが米国の実情でした。

・南北戦争の後、米国は大量に余った銃器を英国、仏国に売却し、お金を稼ぎます。この銃器が後に日本に輸出される銃です。

【英国の植民地にならなかった理由】

・英国にとっては、日本は非常に魅力的な国でした。植民地支配をするのに都合がよかったです。

・ところが、日本の二重支配構造に頭を悩ませます。天皇と将軍が存在したのです。

・同時期に英国は、長州と薩摩と戦争をし、彼らを降伏させ、彼らが天皇派であることを利用し、将軍への戦争をけしかけます。この時、重要な交渉がありました。長州藩から「この賠償金は将軍から取れ」と交渉されています。高杉ですね。また薩摩においては、薩英戦争終戦後(痛み分け)に接待を受けて、彼らの高い技術力を見せつけられ、日本を直接武力で統治するのは難しく、交易相手にするほうが得策と考えさせられます。英国は間接統治型の植民地支配を好むので、長州薩摩への肩入れが進みます。

・このまま内戦状態にしてしまえば、国力が疲弊し、長州と薩摩に貸した金を「租借地」という形で返済させる目論見だったことでしょう。もしも薩長が負けたとしても、賠償金を将軍から取る予定だったことでしょう。

・しかし、薩長が将軍を倒せば、将軍からの賠償金は宙に浮き、将軍が薩長を倒せば、植民地支配が遠のくという二律背反が発生します。

・そんな中で、将軍が「政権返上」という奇策をしてくれます。しかも賠償金は新政府に請求できる形になりました。政権返上とは、借金も委譲されるわけです。

・結果、日本の国力の疲弊はさほど発生せず、樹立された新政権は租借地を了承せず、ひたすら真面目に借金と賠償金を返し始めて、植民地化するきっかけを失いました。英国にとってははるばる自軍を入れるほどの国力がなかったので、儲けを選択し、新政府への肩入れという形で収めます。

・ちなみに最終的には勝海舟の脅し(江戸火の海計画)に怖れをなしたとも。

【仏国の植民地にならなかった理由】

・仏国にとっても、日本は非常に魅力的な国でした。英国と同様です。最も早く力を入れている列強ですね。

・ところが日本の二重支配構造に頭を悩ませます。天皇と将軍が存在したのです。

・彼らは現在の実権を握っているのが将軍であることを利用し、将軍に加担します。フランス軍事顧問団を入れて、幕府の兵の西洋化を促します。彼らが内戦状態にしてしまえば、結果的にサムライも減り、貸した金を返済させることで、この国を乗っ取ろうとします。幕府がパリ万博に行くとかも、この流れです。英国の悪口を散々言ってます。阿片戦争の話とかね。慶喜が洋装しているのはフランス将校の軍服だとか。

・フランスが幕府についたお蔭で、入れ知恵が入り、このころから幕府が変な条約を結ばなくなります。

・また余談ですが、天皇側についている薩長(背後は英国)とも実は手を組んでいます。薩摩がパリ万博に国として出品するのもこの流れ。英国の悪口をいっぱい言ってますw

・フランスは将軍に北海道を担保にした借金をさせることに成功!

・ところがアテにしていた将軍がまさかの政権返上をしてしまい、貸した金が宙に浮いてしまいました。しかし、これこそ、フランスが植民地化に乗り出すチャンス! フランスお得意の直接統治をするか否か…瀬戸際まで!

・実際、フランスは函館戦争まで軍事顧問団を連れていきます。北海道を奪い取る正当な理由があるからです。

・これをなんと、新政府は英国に借金する形で、フランスに返済。そして幕府に肩入れしていたフランス人は、更迭。これ以降、フランスは日本に口を出す方法がなくなってしまいました。

・ちなみに、これらを画策したのはたった一人のフランス人「ロッシュ」という方ですが、何故か途中から日本びいきになって、個人的に日本に肩入れするというご老人…。最後の最後まで慶喜の味方をしましたとさ。

【ロシアやオランダの植民地にならなかった理由】

・実はロシアとの交渉は割と早く、幕末に日露修好通商条約が結ばれていたお蔭で、ロシアは交易地として日本を見ており、植民地化するほどの注視をしていなかった。

・と同時にクリミア戦争で衰退中。これが前述した仏国と英国が日本へ触手を伸ばすきっかけにもなっている。

・同様にオランダも交易相手としか見てないし、既に国力は衰退中。

【スペインやポルトガルの植民地にならなかった理由】

・幕末時にもはや大国ではない。

・戦国期にキリスト教の禁止やその後の鎖国政策が効いた。

こんなところですかね。要するに「運」と「綱引き」と「綱渡り」に成功したと言えます。とてつもなく複雑な国際事情を上手に渡り歩いたのが日本です。決して日本の侍が強かったわけではなく、弱さを自覚したからこそ、国を利用できたのです。

こうやってみると、「大政奉還」と「薩長同盟」、そして「商売による富国化(謝金返済)」はかなり先見の明のあることでした。まあ、「彼」のしたことなわけですが、いま「彼」を単なる武器商人だと言うのは、ちょっと過小評価だなと思います。閲覧数: 3.9千件 · 高評価した人を見る

Shibata Rokuji久保田 圭Fujikura Yoshiyukiさんと他81人がこの回答に「高評価」をつけました高評価する· 8485シェア

Teramae Shuichi

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Ishiguro Masachika

Ishiguro Masachika投稿者 · 4時間前

ロシアについて追記しておきます。幕末の初期の一時期、対馬を占領しようとしていました。租借地を強引に取ろうとしています。幕府も対馬藩も対処できませんでした。最終的にはイギリスに追い払ってもらっています。その後はおとなしい感じですね。返信高評価する

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