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[163]2019.10.8~10  ツバル FUN  

公開日: : 最終更新日:2019/10/17 海外観光

10月8日NANSUVFUN
7:30FJ7 FJ28111:35
10月9日
10月10日FUNSUVNAN
12:20FJ280 FJ1818:30

10.08

ナンディ出発の朝 部屋を変えたら蚊がいて、虫除けを塗った。古い部屋で、網戸も入っていないからだ。その一匹だけだったようだ。朝三時半に目がさめる。雨だが、激しくはないから、あるいていけそうだ。 五時になった。外は暗いが雨は上がり、約束の時間なので家主に電話。犬が雨宿りで軒先きにいるが、おとなしい。初めて吠えられずにすんだ。日本の治安の良さは、番犬が殆どいない事だと思いたくなる。ものの本では、日本では、明治までは、犬は村で飼われており、個人の飼い主はいなかったそうだ。 Fiji航空はアプリを出し、電子チェックインまであるのに、最後のパスポート読み取りが出来ず、カウンターに行かなければ搭乗券が発行されない。この点はジェットスターの国際線と同じだ。しかし、ジェットスターの国内線と違うのは、仮にできたとしても、空港係員が受け付けない点である。 最初は、わたしのスマホのスキャン機能が遅れているのかもしれないとおもっていた。しかし、電子搭乗券自体を空港カウンター係員やセキュリティ係員が認識していないことがわかった。周りを見ても、電子搭乗券を見せて入ってくる人など見かけない。荷物を持って家族で並んでいる中に、預け荷物のない旅行者は、ラインに並ばず早くにセキュリティに行けるようにしてほしいものだ。 圧倒的に発展が遅れていた巨大な中国は、あっという間に、電子先進国になった。古くから資本主義社会の人口が百万足らずのフィジーができないわけがないと思うが、フィジー社会の問題だ。 エアカランも電子搭乗券が使えない空港(例えばポートビラ)は明示しているにもかかわらず、ナンディは使えないとはしていない。にもかかわらず、ナンディのエアカラン係員は電子搭乗券をみとめていないから、旅行者は混乱する。もっとも、ナンディでは、エアカランを含めすべてFiji航空が受け付をしているので、Fiji航空方式になるのかもしれない。 そのFJのカウンター。ツバル行きのアプリのチケットを見せると、国内線だという。するとスヴァでまた国際線にチェックインし直しか。面倒だ。セキュリティが特に面倒なのだが、実際は、左程でもなかった。 国際線ビルに戻って朝食。電源のあるテーブルを知っていたので、そこでコーヒーと卵サンドイッチ。カードを使うと3%のチャージを取るという。到着側のレストランはカードを使っても取られないから、高飛車な経営方針だ。空港ビル全体が問題を抱えている印象である。 うっかりAUDへの両替を忘れるところだった。国際線出発ロビーのセキュリティの外には一軒しかない。60米ドルで82。残りはフィジードル。これで合計200AUDだから現金社会と聞くツバルは、宿代139に、飯代をいれても十分だろう。あまれば、ブリスベンのタクシー代25に当てればいい。 国内線ロビーに戻り、搭乗口を尋ねると、ドメスティックラウンジの表示をさす。どうもラウンジと聞くと日本の空港ラウンジを連想してしまう。フィジーだけでなく、周辺諸国はみなラウンジと表示していたことをおもいだした。人があふれていればすぐわかるのだが、客が少なくてわからなかったせいもある。

SUVA

スヴァに到着。首都の空港だが閑散としている。チェックイン、セキュリティ、出国と手続は順調。売店で食料を確保しようかと覗いたが、酒とチョコレートばかり。肥満になるはずだ。 空港に無料wifiはない。今パケ放題に繋いでも、ツバルは使えないので無駄。宿は有料wifiとbooking comには出ていたが、相場がわからない。 搭乗口で気がついたが、座席が4Aから15Aに変更になっていた。文句を言う元気もなくなっていたが、翼が胴体の上についている機材だから、見晴らしには関係がないので、不満もない。

ツバル

https://photos.google.com/photo/AF1QipOsqKMsA5mM7F80kOVk41zc328VA7WlBps8io2A

ツバル ラグーンがみえてきた。到着し、手続は簡単。勘で宿を探すが見つからず、近くの売店で道を聞くと、バイクで送ってくれた。やはりグーグルマップのログだけでは無理。宿に看板がないのだから無理。宿のおばさんは空港まで迎えに出ていたそうだ。booking comからはそんな話 連絡はなかったので自分で探したが、汗をかくだけであった。宿は悪くはない。しかし、環境からすると、4500円は高いような気もする。 ネット環境にはない。宿にルーターが備え付けられている雰囲気もないから、別の有料のものを購入することになるのだろう。二日間くらいはなくてもいいだろう。四時頃まで一休みして、夕刻散歩した。 まず宿の位置を確認するため滑走路に出た。目印を記憶し、写真をとる。前にジョージアのトビリシで記憶が曖昧になり、写した写真を見せて、ようやくホテルに戻れたことを覚えているからだ。 滑走路を挟んで向かい側の海岸線沿いに、異臭を放つ小屋群、養豚場だ。滑走路脇にこの種の施設があるのも万国共通の現象。伊丹の案件を思いだした。若かったからできたのだろう。犬もいたが、吠える感じはなく、助かった。 スーパーマーケットがあり、水、ココヤシジュース、マフィン、西洋梨を購入。レシートは台湾文字まじり。西洋梨は2ドルしないからそんなに高くはなく、マフィンが8ドルと高かった。全部で16AUDは安くない。つりに90セント出されたが、補助貨幣も豪州のものだった。booking comでは宿も夕食を出すとあったが、チェックインの時、それらしき感じがなかった。booking comでは16AUDとあったから、偶然同じ金額になった。 官庁街らしきところもあり、写真に写す。台湾のプレゼンスが見られる。 滑走路では、サッカー、バレーが、盛んに行われている。 約二時間、八千歩の散歩、今日は合計一万四千になった。

2019.10.09

https://photos.google.com/photo/AF1QipMGxtv0x4s61sr5zKnOFPuHDrzsKkwsg6xm8_dP

スマホ遮断状態だからすることがなく、五時まで睡眠。宿はしっかりと戸締りがされていた。朝食は7:00から。早朝六時に出発、環礁のはずれを目指していけるところまで行くことにした。 観光地の裏舞台は物流と廃棄物。町外れに墓地があり、その先にコンテナターミナル。そこを過ぎてしばらく進むと、犬が数匹寄ってくる。気味が悪いし、ほえだしたら、登校バスを待っていた小学生が追い払ってくれた。それ以上進んでも、また帰りに犬集団と遭遇するものの、人がいるかわからないので、そこから引き返すことにした。左右両方の海岸線が、前をまっすぐみると目に入るが、時間も七時といい時間になっていた。振り返り、街の中心部にある青屋根の政府建物が湾曲になった海岸線の向こうに見える。しかし、環礁の向かい側は、完全に水平線のかなたである。飛行機からはくっきりと輪になって見えるが、地上からは見えない。人間の視野はせまいものだ。あとでグーグルマップのログが残っていたものをみると、はずれまではとてもあるいてはいけない距離であり、適当な判断であった。朝が早いせいか、ゴミ収集車に遭遇。慌てて撮影。宿に戻った時間は七時半。約九千歩になった。 汗だくのシャツを水洗いしてから、食事。フィジーの朝食と変わらないから、この辺りの宿の定番なのか。果物は、リンゴ、オレンジ、西洋梨。昨日のスーパーで売っていたものがでているので、もうスーパーでは果物は買わないことにした。宿泊人がいたが、私よりも愛想が悪い者で、無視された。あとで、着陸直後に映したビデオを見たら、同じ飛行機の乗客のオレンジシャツの者のよう。こちらは無精ひげに灰色のシャツ一枚の東洋人、半ズボンは破れもあるから、仕方がないかもしれない。宿の使用人はその分愛想がいが、用がないときは、テレビに釘付け。英語の映画を食い入るように見ている。現地語字幕がついてはいるもの、ないもの両者があるが、英語を覚えるには、これに限る。 日中は日差しが強いので、宿で休憩。洗濯ものは、数時間で乾くから便利だ。お昼はトーストをココヤシジュースと一緒に食べた。宿の従業員が低音量で字幕なしの英語ドラマを見ている。わたしには断片しか聞き取れず、島の人の英語力を知った。 することがないので、ラインとフェースブックの書き込み。ネットに接続していないから、ペンディングになるのを承知でする。スヴァに着いたら、パケ放題に繋ぎ、すぐ送れるようにしておくためだ。 滑走路方向に爆音。航空機が飛び立つ音だ。少し早いが出かける用意をした。しかし午後2時の日差しは強い。諦めて、3時半にでかけた。環礁の切れ目がある西の端を目指して歩いた。五千歩で到達。眺めは素晴らしい。しかしゴミも目につく。帰りは宿の近くのイスラム建築の写真。圧倒的にキリスト教系の寺院が目立つ中で珍しい。夕食用に昨日と同じ店で同じマフィンを買う。出口で店側のレシートを回収している。万引き防止策なのだろう。今日は一日で二万歩は超えた。 ツバルは、生活する人の数には限界がある。オーバーツーリズムどころではない。自給自足経済社会が原則の場所なのであろ。しかし、車、テレビ、エアコン、パソコン、コーラなどの文明がはいりこんでくる。勿論航空機もだ。島の子供達も教育を受ける必要がある。それを支えるのは、国際社会だろう。宗教団体も含まれる。経済原則ではツバルは成り立たないと思う。そんな中での観光政策など出てくるはずもない。観光用ポスターを見かけないのも当たり前だ。私のような変わり者が、世界中から何人か来るだけだから、何にもなくても不満も出てこない。宿も、個人ベースでできる者がやっているのだろう。レストランなどは、文明社会のご婦人向きのものは皆無である。 その昔、能登の舳倉島に二度ばかり野鳥観察に行ったことがあるが、まだ舳倉島の方が、釣り客用の観光地であったような気がしてきた。 2019.10.10日朝 散歩3000 7時に帰ってくると、白人男性二人と非白人一人の女性が既に食事。おばさんが後からくる。小声で今朝はフルーツはないのかと聞くと、忘れたという。気にするなと答えざるを得ない。白人男性の一人からどこから来たのかときかれ、日本だというと、日本語で話しかけられた。東京タワーのすぐそばに暮らしていると答えると、マジで、という日本語。フロリダはオーランドから来たようだ。日本では、CSIマイアミが有名で、毎週殺人が起きているというと、もう一人の白人が、それも九時に起きるという。彼らも放浪癖のある旅人なのだろう。 一休みしてロビーに行くと、東洋人らしき人が迎えの車に乗り込むところだった。知人がいるらしい。後で空港でも見かけた。 まだ朝食時で、果物がある。あとで買いに行ったのかわからないが、林檎を一個もらって丸かじりした。南国の林檎は美味しい。九時半頃、卵サンドイッチを作っていたが、朝食時間は過ぎているので、自分の分なのだろう。 9:50チェックアウト。33.5ドル丁度持ち合わせがあり支払う。サイン帳があり、日本人もパラパラと目につく。おばさんはチェックインは11:00でいいというが、気がせくので出発。到着時に最初に歩いた道を空港にむかう。 空港では、首飾りを販売しているおばさんが何人かいる。こちらの習慣で、お別れに首飾りをかけてあげるらしく、小柄な白人年輩者が沢山の首飾りをかけてもらっていた。 チェックインカウンターは大きな荷物を持って人がならんでいる。予想通り、3Aは既にない。こちらも早くから来ているのだから、係員が勝ってに押さえているとおもうが、アプリを見せると強い。オンラインがどうのこうのといっているが、フィジー航空の信頼性のなさである。機材変更でもここまでは酷くない。最後部の窓側の席をくれたが、Aではなく17Fであった。 滑走路すぐそばで宗教家が説教をしていた。ハレルヤしか聞き取れないが、同じ飛行機に乗り込んできたから、直前まで仕事をしていたのだ。 全員で十人弱の集団で回っているようだが、皆体格がいいというか、肥満気味である。この人達が便宜をはかってもらい席を占領したのかもしれない。 飛行機が到着。一応警戒体制をとり、人が紛れ込まないように、ウォッチしているが、その向こうの滑走路脇道は、のどかに二輪車が走っている。規則とは、現実に合わせてあることがよく理解できる。 テイクオフ。最後列18は荷物が置いてある。実質17が最後尾でここも抑えてあったようで、航空会社の職員がAに座っている。私の隣は空席。飛行機は街を左手に飛び立つのでAがいいと思っていたが、上空で右旋回し南下していたので、ツバル全体は右側座席の方がよくみえた。何が幸いするかわからないものだ。 ツバルでの消費額は、航空運賃が28200円と18500円。往復の差は税金か。調べておく必要がある。他の島よりは割安ではある。ホテルに134AUD スーパーマーケットに26AUD。コーラや菓子類、水が日本より高いのは、離島の宿命。物流コストが正確に反映されてしまうのだろう。ナンディから二泊三日で6万円 の消費額は、日本価格でも標準的だろう。しかし、大半がフィジー航空だ。

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