*

歴史は繰り返す遊興飲食・宿泊税とDMO論議 

デスティネーションを含んだDMOなる言葉が独り歩きしている。私がカタカナ用語のデスティネーションを聞いたのは、例の国鉄のデスティネーション・キャンペーンだから、古い語感を覚えたものだ。

そのDMOに公的な資金を入れるべきとの観光関係者の意見も最近はよく見かける。海外の例を持ち出す場合もあるが、日本観光協会の助成金の経験から、これも違和感を覚える。

観光関係者の強い政治的意向により、観光関係の財源が廃止になっているからである。今回の国際観光振興税(出国税)が素直に成立したので、私としては何が変わったのかと思ってしまう。

1989年消費税導入に伴い、入場税と通行税は廃止されたが、料理飲食等消費税は特別地方消費税として存続した。都道府県にとって税率が消費税よりも高く重要な財源であったからである。その当時は今日ほど観光に対する政策的期待は高くなく、源泉徴収を行う宿泊、飲食業者は二重課税であるとして廃止運動を展開し、2001年度限りで廃止された。廃止された料理飲食等消費税の1988年度の予算額は、東京都1450億円、大阪府482億円であり、出国税の500億規模をはるかに上回っている。料理飲食等消費税がそのまま存置されていれば観光施策の貴重な財源となったはずであった。 海外の例など参考にすることはないのであり、日本の歴史を知ればいいのである。

その昔、観光は課税対象としては奢侈的ととらえられていた。観光は贅沢なものであり、大衆にかけられるものではないから税金がかけやすかった。太平洋戦争前に設けられた物品特別税は、贅沢品に課税するものであった。贅沢品の消費を抑えるためとされるが、実態は戦争の費用の一部を調達するためのものであった。

大正時代には県や市町村は料理店等における遊興・飲食等に対して、遊興税、歓興税を課税していた。財源確保のためであったから広く課税されていた。その後、支那事変の戦費の一部を調達し奢多的消費を抑えるためとして、通行税及び入場税が設置するとともに、この遊興飲食税を国税に移管した。1940年芸者の花代には20%、その他には10%(終戦直前は芸者の花代300%、遊興飲食100%)課税されていた。

戦後、地方財政の自主強化を目途としたシャープ勧告に基づき、再び地方税に移管されたが名称は遊興飲食税と奢侈的にとらえられていた。1950年から52年までは接客人税も設けられ 芸者、ダンサー等は一人一月について百円を市町村に収めることとされた。さすがに娼妓賦金の変形として好ましいものではなく、廃止の方向を考えるとの認識が国会の議論でもあったが、遊興飲食税の徴収にも便利だということで実施されていた。遊興飲食税の徴収に苦労している税務当局の苦労が垣間見られる対応である。

入場税は、演劇、活動写真、競馬場、舞踏場、ゴルフ場、観物(相撲、野球等のことを言う)を催す場所、博覧会、遊園地等ありとあらゆる娯楽施設が対象とされていた。学生の運動競技大会にも特別入場税として課税されていた。これらも贅沢税として戦費調達目的であったが、ここまで広く課税されると大衆課税であった。地方税であったが、東京等の大都会での税収に寄与したが、消費者の居住する自治体には寄与しないという不満もあり、国税にして人口に応じて地方に配布されるようになった。この時に徴収しづらい映画館等について、娯楽施設利用税と名称を変更して地方税のままにしておいたので、地方担当部局は遊興飲食税に手をつけず、やりやすい入場税に手をつけたと、珍しく政府部内での国会対応が分かれることとなった。

さすがに経済が回復してからは、次第に課税範囲が制限されるようになった。各種スポーツ、芸術、文化団体も自ら国会議員を送り出すとともに、盛んに議員に政治ロビー活動を行った。スケート場がスキー場より先に外れたのも政治運動があったからである。これらの入場税は1989年の消費税実施に伴い廃止されたが、娯楽施設利用税はゴルフ場利用税として現在でも残っている。消費税導入時の時代背景が、ゴルフ場の発言を抑えたものと思われるが、ゴルフも大衆化していから、その後青少年、高齢者に対する非課税措置が図られた。

通行税は、1905年の非常特別税法において日露戦争の戦費調達を目的とした非常特別税の一部として創設された。1910年の改正で独立の税となったが、1926年にいったん廃止された。1938年に復活した後、1940年通行税法が制定された。入場税と同様に当初は広く課税する大衆課税であったが、経済が回復するとともに、課税範囲が縮小され、航空機と国鉄のグリーン車、A寝台にまで限定された。1989年消費税実施とともに廃止された。 遊興飲食税は1961年に料理飲食等消費税に改称され、ようやく遊興の文字は消えた。

関連記事

no image

「北朝鮮の話」 平岩俊二 21世紀を考える会 10月13日 での講演

平岩氏の話である。 日本で語られる金ジョンウンのイメージは韓国発のイメージが強い。そのことは私

記事を読む

no image

2013.8.19 そして預金は切り捨てられた 戦後日本の債務調整の悲惨な現実 ――日本総合研究所調査部主任研究員 河村小百合

ここで紹介されている「 昭和21年10月19日には、「戦時補償特別措置法」が公布され、いわば政府に

記事を読む

Human Logisticsの提唱

中国東北財形大学準教崔衛華さんが、私の博士論文がベースになっている『観光政策学』(イープシロ

記事を読む

no image

川島真『21世紀の「中華」』を読んで

気になったところを抜き書きする。 外国人犯罪者の数で中国人の数が多いが、在留率が30%と多いか

記事を読む

no image

井伏鱒二著『駅前旅館』にみる観光

新潮文庫の『駅前旅館』を読み、映画をDVDで見た。世相はDVDの方がわかりやすいが、字句「観光」は

記事を読む

no image

『総選挙はこのようにして始まった』稲田雅洋著 歴史は後から作られる例

学校で教えられた事と大分違っていた。1890(明治23)年の第一回総選挙で当選して衆議院議員になっ

記事を読む

no image

「温度生物学」富永真琴 学士会会報2019年Ⅱ pp52-62

(観光学研究に感性アナライザー等を用いたデータを蓄積した研究が必要と主張しているが、生物学では温度

記事を読む

no image

日本銀行「失敗の本質」原真人

黒田日銀はなぜ「誤算」の連続なのか?「異次元緩和」は真珠湾攻撃、「マイナス金利」はインパール作戦

記事を読む

⑥の4 21日、22日 トリニダートドバコ・ポルトオブスぺイン

21日深夜にトリニダートドバコに到着。いろいろあったが、予定通りの時間ではある。 入管の女性が、帰

記事を読む

人流・観光論議

ヒトの移動を惹起する、日常・非日常の区別は脳の中のことであり、外形的には捕まえられないことから、外形

記事を読む

no image
三灶島事件

「日本海軍400時間の証言 軍令部・参謀たちが語った敗戦」NHKス

no image
アイルランドのジャガイモ飢饉 英国首相の謝罪 『植物たちの戦争』日本植物病理学会編著

p.22 人口が800万から600万に減少. ジャガイモ飢饉だ

no image
1932年12月16日『白木屋の大火始末記』

関東大震災の始末が終了したころ 地下三階地上七階建てデパートの4階か

no image
QUORAの再掲載 南京大虐殺のあった無かった論争はどの様な証拠があれば決着がつきますか?

南京大虐殺のあった無かった論争はどの様な証拠があれば決着がつきますか

no image
繰り返えされる新幹線と物流の話題(Newspicks)

https://newspicks.com/news

→もっと見る

PAGE TOP ↑