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シニアバックパッカーの旅 アフリカ旅行 2019年2月10~27日 旅の始まりはドバイ 2019年2月11日 

公開日: : 最終更新日:2023/06/02 シニアバックパッカーの旅

アフリカ旅行

ワンワールドのマイレージが10万マイルたまった。JALと共同運航しているエミレーツも使えるということをマイレージクラブと電話相談しているときに知った。そこで昨年、東京・ドバイにラゴス、ヨハネスブルグを往復の拠点にして旅行計画を立てた。その結果、ラゴス、アクラ、ロメ、、アジスアベバ、セイシェル、モーリシャス、レユニオン、マダカスカル、コモロ、ナムビア、スワジランド、モザンビーク、マラウィ、レソト、ザンビア、ヨハネスブルグと回ることにした。これでアフリカは、エジプト、エチオピア、ケニヤ、タンザニア、ウガンダ、ルアンダ、ジンバブエ、ボツワナ、南アフリカ、モロッコ、セネガルと合わせて25か国・地域(レユニオン)になる。しかしまだアフリカの半数にもならない。

10日18時14分赤羽橋出発成田第二ターミナル。エミレーツ航空専用のターミナル3に到着、出発も同じである。11日朝5時ドバイ到着入国は6時として8時までに空港に戻るとすると2時間の滞在。クリークとスークに行くかどうかの判断。

ドバイ予備知識

人口は313万人、2015年のGDPは約1000億ドルで、アラブ首長国連邦内でアブダビに次ぐ第2位。一人当たりの名目GDPはIMFベースでは2018年42000ドル。漁業真珠輸出産業の主とする小さな漁村だったこの地に、アブダビの首長ナヒヤーン家と同じバニー=ヤース部族のマクトゥーム家が、1830年代にアブダビから移住。これに伴ってドバイ首長国が建国され、現代に至るドバイの歴史が始まった。1853年に他の首長国と同時にイギリス保護国となる。一つの経済の柱であった真珠採取は20世紀初頭、日本御木本幸吉が養殖真珠の開発に成功したことから産業として成立しなくなり、ドバイの経済に打撃を与えた。首長はムハンマド・ビン・ラーシド・アール・マクトゥームであり、アラブ首長国連邦の副大統領首相も兼任している。連邦首都アブダビ市を擁するアブダビ首長国がアブダビ市以外にもいくつかの市によって構成されているのに対し、ドバイはドバイ市のみで首長国を構成する、事実上の都市国家である。ただし、首長とは別に市長が置かれ、主に民政を担当している。一時は飛ぶ鳥を落とす勢いであったドバイも、大きな困難を迎えた時期があった。2008年に起こった世界金融危機はドバイにも飛び火し、2009年にドバイ政府および政府系企業の債務返済が行き詰まる、いわゆる「ドバイ・ショック」と呼ばれる金融危機へ発展した。華やかなドバイも、その発展の原資はオイルマネーにあふれた。周辺諸国からの投資や国際的な銀行団からの借り入れであり、その債務返済が難しくなったのである。債務残高は現在でも1,400億ドル(約17兆円)を超えるとみられており、これはドバイGDP(2014年)の約1.5倍に相当する。この時、助けの手を差し伸べたのが同じUAEの首長国で巨大産油国のアブダビであり、同国が債務返済の一部を手助けしてくれた。これについて、有名なエピソードがある。上述の「ブルジュ・ハリーファ」は建設当時、「ブルジュ・ドバイ」と呼ばれていた。それが開業直前になり、アブダビのハリーファ首長の名前を冠する現在の名前に変更された。おそらく、アブダビの支援に対する見返りなのであろう。

 

NRT ターミナル2 DXB
22:00 EK319 5:00 ドバイ   10:00発15:40ラゴス EK783

(アフリカ兵と欧州)

アフリカの欧州との関係は日本や中国と異なり、歴史が深い。もちろん奴隷制の関係もあるが、植民地化と第一次世界大戦もである。白人の数を超えたかもしれない多くのアフリカ兵が第一次大戦に参戦させられていた。独立運動につながっていったかもしれないが、その実現は第二次世界大戦後のことであった。BBCにその記事と動画が出ていた。それを見れば、欧州に蔓延している右翼的な動向が滑稽に思える。

https://www.bbc.com/news/av/world-africa-47375377/artist-john-akomfrah-on-recognising-african-ww1-soldiers

(エミレーツ航空)

エミレーツ航空は初めてであり、その評判の高いビジネスクラスを経験することは楽しみであった。日本に進出してきたときの発表会によんでもらったことはあったのだが。

ドバイ・ラゴス便はなかなか取れないということだが、ビジネスだったので簡単に予約できた。ラゴスから以遠のエアラインはもちろんエコノミーで購入したが、アフリカは、カリブ海や中央アジアに比べて航空運賃が高いというよりも、税金等が高く、今回支払った19回の搭乗、48万円弱の半分近くが税金であった。また、ビザ取得に5万円強の費用も掛かった。これも欧州等の先進国旅行等が割安感が出る原因である。宿泊費はグレードによるが、他の地域とほぼ同じと考えていいだろう。ただし、衛生面に心理的不安があるから、欧州では2星、3星でも構わないのであるが、どうしても4星等と高めのところを選択してしまうので、やはり高くつくのである。また公共交通機関が使いづらい。乗合タクシーやジップニーが主流の地域では、これらはよほどのことがない限り旅行者には使えないので、タクシーになってしまう。しかしタクシーも、また相場がわかりにくく、使いづらいのである。

(電子チェックイン)

 8日の夜、エミレーツからメールが来た。電子チェックインのお知らせである。早速チェックイン。手荷物のところで、スマホのバッテリーについて聞かれたのだか、YES,NOを逆に答えたのか、それではチェックインはできませんよと案内があり、逆に答えてようやく完了。英語読解力不足を感じる。エミレーツ以外も、英国航空、南アフリカ航空、セイシェル航空等も電子チェックインはできたが、肝心の空港での体制が不備なのか、うまくいかないことが多く、紙で打ち出すことがあった。機内持ち込み手荷物しかない私には二度手間であった。それでも空港には最低2時間前にはいつも到着するようにしていた。

(服装)

 出発の10日夜の気温は低く、一応ヒートテックとジャケットを身に着けて出た。結果的にアフリカでは寒さ対策は全く必要がなく、必要だったのは機内の冷房であったのは皮肉である。リュックの中からジャケットと余分な下着が消えていたらもっと身軽で快適な旅ができたであろう。

(エミレーツ航空搭乗)

 エミレーツのビジネスに初めて乗る。これまでワンワールドはカタールだと思っていたが、日本航空はエミレーツと共同運航をしているので、特典航空券が使えることを知った。カタールと別に特段サービスは変わらない。ただ長距離の夜行便は二階建てだからか、乗り口でファーストは王宮の階段を上がって行くような構造になっているので、豪華に感じる。垣間見たファーストは、完全個室でもなく、ビジネスよりも間隔が広いということである。食事等は異なるのであろうが、ダイエット中の私には無関係。また、機内での人間関係構築も必要がなくなったので、使うとしてもビジネスで十分である。ビジネスやファーストクラスが、限られた機内空間をうまく使っているのは、将来自動運転車が普及した時に採用されるアイデアであろう。自動運転車も寝ている間に目的地に到着できる。お酒も飲める。ただしキャビンアテンダントはいないが。

(道中の動画)

https://photos.google.com/album/AF1QipO6_O-k2_G1c-OiojkaAfnC_AN3Y01-dJzEcShu

(旅の始まりはドバイ)

 朝の五時ということもあり、着陸から二十分で入国。主流のターミナル2から入国するのは初めて。前回は出稼ぎ労働者中心路線のターミナル3であったか。メトロドバイの駅まで歩いたが、暑さで参ったことを覚えている。メトロドバイでレッドレギュラーカードを購入する。22 ドバイドル。デポジットの分が割高である。レッドラインからグリーンラインへの 乗換駅のユニオンで、出稼ぎ労働者がわれ先にのりこんでくる。すいているのだからいそがなくてもと思うが、習い習性か。外は暗く、まず終点のクリークまでゆき、着発でラス駅に戻ることにした。 ラスに着く頃はうすあかるくなってきた。クリークに、観光ダウ船が係留されていた。ゴールドシークを散策。金への信頼は、人類の知恵の限界を示すものだ。ドルがつかわれているが、いまのところ、宇宙の配合も活用せざる得ない。クルーズ船が係留されていた。クウィーンエリザベスも係留される予定との報道もあった。ドバイの力を示すものだ。

 

 

 

 再び入国。簡単だ。ビジネスラウンジを探す。ゲートに近いところがいい。ファーストラウンジはどこのエアラインもビジネスと別になっている。ドバイはそれだけ客層が上なのだろう。仮眠用のフロアがあったが、ドーハの方がすこし立派だ。 ラゴス行きは昼間なので普通の座席だった。

 

 

 

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