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🗾🎒シニアバックパッカーの旅 2017年3月 河津桜 動画で考える人流観光「伊豆の踊子」

日本観光協会時代からの友人である伊勢観光協会OBの人たちに誘われ、河津桜見物に出かけた。仲間に加えてもらえるだけでもありがたいことである。河津桜は時期が遅くほとんど葉桜であったが、久しぶりに「伊豆の踊子」を思い出す機会でもあった。
伊豆半島は、大学入学時に中高の同級生のH君と伊豆の旅をしたことを思い出す。ユースホステルを利用しての旅であった。駒場のロシア語の先生が川端康成の女婿であったことも急に思い出した。あらためて岩波文庫を借りて読むとともに、DVDを借りた。映画は多くのヴァージョンがあるのだから、現地の踊子の銅像が吉永小百合ではないわけがもよくわかった。

〇『田中絹代版』(英語版はネットでも見られるhttps://www.youtube.com/watch?v=yd36RJ0nzdM)はビデオで無声映画。無声映画の方が面白いので、市長時代に山中節の無声映画を作成したが、ほとんど現地では使っていないようである。
無声映画では動きが必要なのか、まず村の入り口でトラブル。「物乞いと旅芸人は村に入るべからず」の看板。この看板のことは原作では途中で記述があり、大正11年頃は伊豆のいたるところで見かけられたようである。映画では薬うりと虚無僧がそれをみて、虚無僧が立札を倒す。その前に芸者が謝金を踏み倒して逃亡し、警官が捜索するところが出てくる。その後、芸人が登場して看板を倒したと疑われて騒動になる。そこへ主人公の学生が登場、仲裁に入る。活動写真だから動きがある。次に金鉱主のトラブル。美空版では温泉を掘り当てる話になっている。旅芸人の宿が学生の宿と違うのもこの後のパターンの原型。退屈しのぎに「五目並べ」のシーン。旅芸人の前身は金鉱山の所有者だったがだまされたという話で映画のストーリー。ゆがろうの金鉱主にクレームをつけ、金を無心するとかおるを連れてこいと言われる。「うち芸者」に出せと言われた思い、新しい金鉱探しの資金がいるという話だが、かおるに断られてしまう。金鉱主は薫用に多額の貯金をしている。兄弟の父親と親友だからという設定。兄は何度も金を無心している話にもなっている。金鉱主はかおるをせがれの嫁にするつもりと学生に話す。旅芸人の一人である百合子は監視役に雇っているという話でもある。無声映画のどんでん返しのこのストーリーは金色夜叉的である。かおるという名前は原作では最後に出てくるのであって、作中は踊り子でとおしている。作中では、カオールという口中清涼剤をかおるの兄が学生に渡す際に話題になって初めて分かったことである。下田で学生に「活動」に連れて行ってもらうというかおるの話も以降の共通バージョンであるが、これは原作にも出てくる。「下田は伊豆相模を流す芸人には故郷のような懐かしい場所である」というナレーション。学生が東京に帰るというとかおるが泣き出し「泣けば椿の花が散る」のナレーションは率直な展開。鳥打帽を兄に渡すシーンも共通バージョン。原作にもある。はしけで本船まで行くというので兄が切符を買いに行く。原作でははしけがひどく揺れたと出てくる。別れに学生はかおるに、ゆがろうの話をつたえる。ラブシーンが最後に出てくるところは以降には出てこない。シャープペンシルをわたす。「船が恋しい人を奪ってゆく」よくできたナレーションであう。「恋の花咲く伊豆の踊子完結であります」は寅さんの映画である。夏には大島に来てほしいというかおるの話、川端康成は実際に出かけていると金沢の母校の高校の授業中に、T先生から教わったことを思い出した。

〇『美空ひばり版』はモノクロ。冒頭は馬車と自動車のシーン。原作でも自動車が出てくる。旅芸人にしてはきれいな日本語をしゃべるところが面白い。かおるが学生にお茶を出すときにお茶をこぼす際のセリフである「いやだねこの娘色気づいたのね」はその後のヴァージョンで共通になる。原作に忠実なシーンである。
湯ヶ島音頭が出てくるのは観光宣伝用かもしれない。湯の沢館で温泉が掘り当てられる話は、田中絹代の金鉱をあてる話が変化したもの。温泉場での宴会の主役が県庁役人で一高東大の先輩という設定もその後出てくるはなし。最後の別れのシーンは「はしけどり」ではなかった。金鉱で事故にあった息子の遺児を連れたおばあさんを、金工夫たちに東京に送るよう頼まれる話は映画では美空版だけの話。取ってつけたような印象があったが、原作では東京についたあと、水戸行の鉄道に乗せてあげることまで頼まれている。

〇『鰐淵晴子版』
https://www.youtube.com/watch?v=ycmGLVhSVTw
福田屋に一高校受験生がいて勉強を教えるシーが出てくる。原作では帰りの船の中で河津の工場主の息子が登場するくらいである。http://blog.goo.ne.jp/wangchai/e/b24a6987d7a3300f8fd49287fa65614eからの引用 「戦前は大学や旧制高校はもとより旧制中学すら行く人は少なかった。大正時代、旧制高校に合格できれば、よほどのことがなければ帝国大学にいけた。少数なるゆえ、特権階級的な存在だった。竹内洋「学歴貴族の栄光と挫折」には、この本が書かれた大正14年の旧制高校の入学最低点がのっている。旧制高校全体の入学最低点が800点換算で平均403点なのに一高は503点、三高が458点、五高354点で開きがある。五高だって東大に行ける。佐藤栄作総理大臣も五高出身だ。数字から見ても一高は特権階級の中の超エリートとわかる。ここでも主人公は一本線の入った帽子に学ランで旅行する。ある意味自己顕示欲甚だしいという気もするが、みんなそうしていたようだ。」
沿道の風景に藁ぶき屋根があるのは鰐淵版。今では無理なロケシーンである。白濁の温泉はカラーになった映画の撮影の都合上かもしれない。「碁ができる」といって五目並べをするシーン、私が白といったときに天元に置くシーンはここから始まる。美空版では踊り子ではなく温泉客どおし。原作でも以後のシーンは出てくる。川で髪を洗うシーンはさすがに鰐淵版で、吉永版にはない。下田でのはしけどりは、鰐淵版は直接接岸になっていた。

〇吉永小百合(18歳)版
上河津村湯ケ野「物乞い、旅芸人村に入るべからず」の看板、峠の茶屋での学生への応対が芸人と異なるところが強調される。この導入は原作に忠実である。「学士さんが泊まるにはもっとちゃんとした宿があります。この宿にも湯を上がりにまいります。」のセリフも共通バージョン。舗装道路ではないが、路肩のコンクリで作られた地滑り防止を見てしまう。
結核の病人役に十朱幸代。結核も今の子供には理解不能であろう。塩化ビニールのない時代が前提だから内湯のない宿がある。原作にはない話である。役者の顔色が良すぎるのは、栄養が良いから。
〇早勢美里(早瀬美里)、木村拓哉版
お風呂のシーン 混浴が場面は異なるが映画では出てくるところも面白い。外国人には日本の混浴を期待させるものになるのであろう。旅芸人は鳴り物で道中を流し、声がかかるとお座敷に上がる。
〇『山口百恵版』簡単な紹介が下記アドレスに出ている。本物は有料にモノしかなく、まだ見ていない。
https://www.youtube.com/watch?v=q5kZYQKXfYc

伊豆の踊子はJR東日本の列車名にもあり、完全に観光資源化している。河津桜との組み合わせは、現地に行かないと印象がないのは、はやり河津桜が新しい観光資源だからなのであろう。川端康成の宿泊した旅館も、下田、湯ヶ島、湯ケ野、修善寺とそれなりの観光資源化している。
この話がどこかしっとりしているのは、孤児根性でひねくれていると思っている主人公が、旅芸人たちにはいいヒトの印象で付き合ってもらって、自然と涙が出てくるという心象風景があるからであろう。それが現代には情緒豊かな温泉場の風景と重なるからであろう。その情緒豊かな温泉場は今ではほとんど姿を消している。

追記
岩波新書に斉藤美奈子の『文庫解説ワンダーランド』があり、あの名作にこの解説という一文がある。坊ちゃんの次に伊豆の踊り子が雪国と共に出てくる。
集英社文庫に奥野健男、橋本治の明快な解説鑑賞を紹介している。その解説は、「主人公と踊り子との間には越え難い身分の差が横たわっている。当時は買売春も当たり前で、踊り子もその含みを持っていた(それならいけるかと思った主人公は一座についていくが、むろんそんな欲望は表に出せず悶々としている」とある。映画で表現すると興行に響くであろう。

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