*

🌍🎒2023夏 シニアバックパッカーの旅 2023年9月4日午前 アルジェ カスバ(世界遺産)

公開日: : 最終更新日:2023/09/06 シニアバックパッカーの旅

  Facebook投稿文

2023.9.4 旅の終わりはアルジェのカスバ
「カスバの女」がヒットしたのは1967年、私は受験勉強真っ盛りで、全く記憶になかった。この歌を知ったのは国鉄運賃改正法作業の合間の息抜きの時、新橋の居酒屋でこの歌を十八番にしていた国鉄部の同僚がいて、おぼえてしまった。
念願叶い、今日訪問。事前に仏映画「望郷」を無料youtubeで。この映画もスタジオセット作品だが、港を背景にして丘陵にビッシリと作られた建物群が舞台。現在、再開発用の代替住居群が高速道路沿い建てられているが、住民達はいつのまにか舞い戻ってしまうと、Wikipediaには書いてある。
食事の前に軽い散歩。風格は残っているものの、宿の周りの道や家屋は汚い。ボロボロのファッションセンターを発見、カメラをむけると、道行く人が何か説明していたから、地元でも知られているのだろう。写真では鮮やかな色彩に写ってしまい、そのみすぼらしさや汚さがなかなか素人では再現できない。人工知能もまだまだ道が遠いと思う。
9時にチェックアウト、若い女性ガイドに導かれて歩いてカスバに到着。バックを背負っていたので、この時点で疲労感。旧植民地時代の仏総督府を示して、残虐行為を説明される。背景に港がみえ、望郷のシーンとあまり変わらない気がしてしまう。
アルジェリアの歴史はざっと読んできたが、いざ英語で説明されても、ほとんど聞き取れない。人名がわからないのである。日本もインバウンドでお国自慢をしても、郷土の偉人の話は程々が良いであろう。坂本龍馬空港が代表例、ジョンマンジローの方が良い。
キリスト教会から改修されたモスクや、白人奴隷が閉じ込められていた部屋とかは多少事前知識があったので聞き取れた。男性、女性の扱いの違い程度はなんとかついていけた(タイルの模様が大きいのが男性用、小さいのが女性用とか)が、19世紀の政治向きの話はチンプンカンプン。ただ愛国心旺盛な若き女性ガイドさんは、独立戦争の少年兵メモリアルで、フランスの行為を批判していた。現在ならジハードである。フランスとアルジェリアの関係は近年でもうまくいっていないようだから、日本韓国関係はまだましなのかもしれない。
最頂部、古いカスバの城壁が一部残っていた。息が切れかかっていたが、写真をとる。goole map を始め必ず紹介されているところは、収められたと思う。逆にガイドさんの方が、それらに無関心だった。下りの時、ユダヤ人街を通過。ガイドさんが教えてくれなければ、気がつかなかった。歩いてみて、フランス警察もカスバには踏み込めなかった話は、誇張でないことは身をもって体験できたが、身内の裏切り行為は、どの時代も防ぎ用がないのであろう。
カスバの建物は、予想以上に解体が進んでいる。観光コースになっているところは、最後まで保存されるのだろう。世界遺産の基準もあるから。
帰りは地下鉄に乗り、ホテルに戻る。それならバックを置いてくればよかった。コミュニケーション不足というか、英語力のなさが災いした。ガイドさんは、私のラゲージがないことにおどろいていた。こんどは別のドライバーが空港まで送ってくれて、旅は終了した。
 

ホテル周辺

 

カスバ

   

 

https://photos.google.com/photo/AF1QipNKmyHvSpPdvsPLpiG2SE0MzQ4YTpOG-7F7iO6p

 

 

 

https://photos.google.com/photo/AF1QipMJ2CZA2SpTHEKzGbeeDifP5xoGCfCUX_xVefv5

https://photos.google.com/photo/AF1QipPb7EBGps9AD0fXj4i31l_6IKb3gEK0xC-8al1n

https://photos.google.com/photo/AF1QipNmrnPYNTKOm6NIiiefNvOkUFEUDdB7x__8NoKW

旅行資料◎結局はアルジェ紛争が観光資源を形成

下記はネットで見つけた記事だが、時期が違うとはいえ個人的にはかなり違う印象を持った。 

-アルジェの世界遺産カスバ地区-2010年記事 ・アルジェリア駅を出てそのまま内陸に進んでいった方にカスバ地区があります。・迷路のようになっている旧市街で貧民街でもあるため注意が必要。いつカメラを強奪され、裏道に逃げられるかわからない雰囲気。100か国以上見た当方が言います。ここは歩いてカメラ持ち歩くのはやめた方がいい。・撮影もしづらいためタクシーの中から撮るのが良い。タクシー代も産油国だしかなり安い!メーターで必ず乗るように。交渉すると高く言われます。・中国人扱い、そして危ない地域でもあるため、歩くのはやめた方がいい。テロリスト予備軍的な人物も潜んでいる可能性も高いため歩くのは控えるべし。夕方以降もこの辺りには近づかない方がいい。子供の質も悪いため十分注意を!てか、こんな危険な場所、世界遺産に登録しないでほしい。正直、今まで見てきた世界遺産で一番危ないニオイのする世界遺産でした。タクシーで行きましょう!

現在この世界遺産のカスバには5万人ほどが住んでいるといわれ、あちらこちらにモスクやハンマーム(公衆浴場)があります。世界遺産でありながらほとんど観光地化されていないので、観光客も多くなくゆっくりと散策を楽しめる。

アルジェリアの首都アルジェのはとても興味深い街です。海岸沿いの新市街にはフランスの港を思わせるような街路が整備され、豪華なアパートメントが立ち並んでいます。一方でその後ろのアルジェの丘には、世界遺産のカスバの家々がまるでおもちゃを積み上げたように折り重なっています。以前はアルジェを囲むように城壁が巡っていましたが、19世紀のフランスからの独立運動の際にほとんどが破壊されてしまいました。

海岸を見下ろす迷路のような世界遺産!アルジェリアの首都アルジェのカスバ
海岸を見下ろす迷路のような世界遺産!アルジェリアの首都アルジェのカスバ
世界遺産アルジェのカスバはこれ!というほど目立つ建築物はなく、その複雑な路地や階段、景観などが魅力です。そんな世界遺産のカスバのなかにあって代表的な歴史的建造物といえるのが、麓近くにあるケチャワ・モスクです。1794年に建てられたもので、フランス植民地時代には一時カトリック教会に変えられていました。独立後にまたモスクへと戻され、アルジェリアの歩んだ時代の波を感じる観光スポットです。

また、ケチャワ・モスクの並びにある1791年築のムスタファ・パシャ宮殿も必見!オスマン帝国時代にアルジェの提督が住んでたというだけあって、あちらこちらの美しいモザイクの壁や装飾が印象的です。中庭を取り囲むように回廊があり、中心の水場にはなんと鯉が泳いでいます。現在はアラビア語書道博物館になっていて、気軽に訪ねることができますよ。同じ世界遺産の旧市街でありながら、丘の上の家々と麓のモスクや宮殿とでかなり印象が違うと感じるでしょう。

世界遺産

アルジェリアの世界遺産、アルジェのカスバは同国の首都アルジェの旧市街を構成する一画の呼称です。カスバとは元々アラビア語で要塞を意味し、19世紀のフランス植民地の時代にこのような呼び名になりました。 映画『望郷』の舞台として知られるカスバは、 街の北にある標高約120mの丘の斜面 に広がります。石畳の細い坂道と階段が、迷路のように入り組み、密集する家屋のテラスがその上に張り出して、暗く謎めいた風情を漂わせています。この街を築いたのは、地中海を荒らしまわる海賊でした。 天然の良港に恵まれたベルベル人の地、 アルジエは、古代から頻繁に異民族の支 配を受け、16世紀初頭にはスペインに侵 略されました。イスラム勢力からイベリア半 島を奪回するレコンキスタ(国土回復運動)を完了し、急速に国力を強めていたスペインは、アルジェ港を地中海支配の拠点とすべく、沖合の小島に要塞を築いたのです。 しかし、アルジェはほどなくこの要塞を奪回。戦いを指揮したのは、トルコの海賊の首領で、アルジェ総督でもあったハイール・エディンヌでした。燃えるよう な赤褐色の髪と髭をもつため「赤ひげ」と 呼ばれ、豪胆なうえに政治的な才覚も備 えた彼は、アルジェの支配者だった兄から領土を受け継ぐと、それをオスマ ン帝国に献上し、見返りに総督の地位を得たのです。 彼の配下には、レコンキ スタで土地を追われて海賊になった者や、 スペインに根深い敵意をもつイスラム教徒が多かったのです。「赤ひげ」は、彼らを巧みに導いて見事スペインに勝利しました。 以後、「赤ひげ」はオスマン帝国の権力を背景にアルジェ沿岸一帯を支配し、キリスト教国の商船から略奪した財宝や人質の身代金でカスパの礎を築きます。迷路 のような坂道や急勾配の階段は、外敵の侵入を防ぐためのもので、イスラムの都市造りの原理に基づいています。 カスバは階段の町で、首都アルジェに位置しながらも年々の人口流出・スラム化が進み、貧しい人々が暮らす地域となり荒廃しつつあります。1962年にアルジェリア独立戦争を勝ち抜き、フランスから開放されたアルジェリアの歴史もカスパには残されています。 

カスバの女 

1955年 昭和30年 オリジナル歌手:エト邦江  作詞:大高ひさを 作曲:久我山 明

 

昭和42年、20歳の緑川アコさんがカバーしてヒットした時、元祖として表舞台に引っ張り出されたエト邦枝さんはすでに51歳。今見るほとんどの映像は51歳以上のはずで、緑川アコさんと比較するのは酷。無名のまま消え去る歌手が多い中、晩年にスポットライトを浴びることができたエト邦枝さんの歌手人生は幸せだったと思う。此の歌はフランス映画外人部隊のストーリーをモチーフにした歌です。因みにカスバとは城壁に囲まれた街という意味ですね。

 

望郷 (1937年の映画)

あらすじ

アルジェの一角にあるカスバは路地が入り組み、諸国からの流れ者が集まる無法地帯となっている。フランス本国から逃れた犯罪者ペペ・ル・モコ(ギャバン)は、いつしかそこの顔役となり、情婦イネス(ノロ)、忠実だが若く思慮の浅い子分ピエロ、短気で金のことしか頭にないカルロス(ガブリオ)らに囲まれながらも、威信にかけて逮捕に臨むフランス警察の追及も厳しく、カスバから一歩も出ることができなかった。一方、地元の敏腕の刑事スリマン(グリドウ)は、ペペと普段から会う奇妙な関係を保ちながら、カスバの住人を敵に回すことを避け、ぺぺがカスバから出る逮捕のチャンスを伺っていた。そんなある日ぺぺは、逮捕を狙ったフランス警察の捜索(もちろん、逮捕は失敗)のどさくさで、カスバを訪れた故国の女性ギャビー(バラン)と知り合い、彼女に惹かれる。これをチャンスと見たスリマンは、ギャビーとぺぺの逢瀬の手引きをし、二人は恋仲になる。しかしスリマンの策略により、ギャビーはぺぺが死んだと教えられ、パリに帰ることにしたため、後を追おうとしたぺぺはまんまと波止場におびき出されるかっこうになり、客船に乗り込んでギャビーを探しているところを逮捕されてしまう。手錠をかけられ連行されるペペはギャビーの乗る客船を空しく見送る。そのとき、ギャビーが甲板に姿を現した。彼女に向ってペペは「ギャビー」と叫ぶが、その声は汽笛にかき消されてしまう。ペペは隠し持っていたナイフで腹を刺して死ぬ。

https://www.nicovideo.jp/watch/sm36033504

https://www.nicovideo.jp/watch/sm36033714

 

関連記事

🌍🎒シニアバックパッカーの旅 ⑦ 2015年5月23日 ブルネイ(国連加盟国78か国目)旅行 マレーシア

22日夜バンコック・スワンナプーム空港でトランジット。三回目だから慣れてきた。 ロイヤルブルネイの

記事を読む

🌍🎒シニアバックパッカーの旅 2014年8月9日~12日 平壌、開城、板門店(4)

◎米軍へのこだわりが観光資源にも反映されている。 まず朝鮮戦争。金正恩第一書記になってから建て

記事を読む

シニアバックパッカーの旅 ジャパンナウ原稿2019年11月 太平洋島嶼国等の観光政策

 ラグビーのワールドカップ戦を偶然サモアでむかえた。現地は日本時間より五時間早く、開始時間は深夜。

記事を読む

🌍🎒シニアバックパッカーへの旅 2022年5月11日 トルコ アンカラ 

https://photos.google.com/album/AF1QipM3Mz4jDm

記事を読む

🌍🎒シニアバックパッカーの旅 レユニオン(🏳‍🌈仏領㉖) 2019年2月16日 

レユニオンは、モーリシャスからマダカスカルまでの航空券購入に際して、レユニオンがトランジット

記事を読む

🌍👜シニアバックパッカーの旅 ⑨ ジャパンナウ観光情報協会9月号原稿 ミャンマー散骨旅行記(2)

ヤンゴンはこれから高度経済成長期を迎える。1970年初めて渡った時の香港に感じが似ていた。宿泊したホ

記事を読む

no image

🌍🎒2023夏 シニアバックパッカーの旅 2023年8月30日 スエズ運河見学中止

Facebook投稿文 2023.8.30 カイロに朝六時到着。

記事を読む

🌍👜シニアバックパッカーの旅 11月19日 ハルピン歴史的建造物群調査

11月19日は聖ソフィア大聖堂をスタート https://photos.google.com/

記事を読む

🌍🎒シニアバックパッカーの旅 2022年9月7日 デリー 観光資源としてのガンジー 

https://photos.google.com/album/AF1QipNxAcWeXE3b

記事を読む

🌍🎒シニアバックパッカーの旅 2023年2月28日午後 オールド・ジェッダ

2月28日午後四時からオールドジェッダを散策。世界遺産なのだが、取り壊し中のものも多い。九千歩近くあ

記事を読む

PAGE TOP ↑