シニアバックパッカー フィリピン(国連加盟国3か国目) 1977年(大阪陸運局時代)、2005年(パナウェイ棚田)、2017年(ライドシェア、スラム観光)2023年セブ
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最終更新日:2025/09/16
シニアバックパッカーの旅, 世界人流観光施策風土記
1977年4月鉄道監督局から大阪陸運局総務部企画課長に赴任した。鉄道監督局時代は、国鉄全線乗車券、当時青パスと呼ばれるものがあり、鉄道監督局職員も出張等で使用できた。グリーン車に乗れるから、安サラリーマンにはありがたかった。大阪陸運局では、青パスに加え、管理職には、関西民鉄五社共通の無料バス(五つの社章が表示されていたので雷門マークと呼ばれていた。近鉄は営業範囲が広いので不参加、大阪市交通局が参加)が支給されていたうえに、陸運局の職員証で国鉄を含め乗車できるという慣行が組合ベースでできていた(時折、大阪鉄道管理局から否定する見解が出されていたようだが、組合員には不徹底)ので、移動には事欠かなかった。陸運局職員には、まだ国鉄時代に就職した者が多く存在し、たまたま運輸省に配属になったということで、乗車証は当然の事と意識もあったようだ。これらの無償制度は、陸運局どころか、国会議員、記者クラブの記者、学術振興会等の学者等にもいきわたっていたが、徐々に国鉄改革とともに廃止されることとなっていく。いずれにしろ、個人的には、近畿の管内の鉄道はこの時期にほとんど乗車したので、四国運輸局、中部運輸局、JR東時代の鉄道乗車と併せて、のちの鉄道全線走破につながったと思う。
大阪陸運局勤務時代には、昭和47年入省同期の茅野君が近畿海運局に勤務しており、二人とも独身であり、パックを購入しフィリピン旅行をした。当時はパックでなければ、航空運賃が高くて、個人旅行はできなかったからだ。ホセリサール公園等の定番の観光をした。予算や時間の関係上手ごろな国であったからだ。フィリピンについては、その後、テンミリオン計画作成時に、在日フィリピン大使館の観光アタッシェであったティクソンさんが、フィリピンは朝鮮戦争特需もあり、戦後日本に次いで第二位の経済国であったにもかかわらず、マルコスのおかげで経済低迷してしまったと嘆いていたことを思い出す。折しもマルコスが引きずりおろされた黄色革命が起きた時でもあった。しかし革命といっても、反対派への罰は腕たせふせであったとティクソンさんは笑って語っていた。
仕事では、海事産業課長時代に、プラザ合意後の円高によりフィリピン人船員問題が日本の海事問題の最大課題となっていた。外国人労働者の先駆け問題である。いまや外航船員と言えばフィリピン人であり、日本人は極めて少数派である。海事産業課長時代に多少かかわりがあったものだから、運輸省退職後、井出本全日本海員組合組合長の要請で組合の仕事をさせてもらった。その時に、マニラの船員養成所の視察の機会を得て、その際にルソン島にある世界遺産の棚田を見に行った。
フィリピン・コルディリェーラの棚田群(世界遺産)世界人流観光施策風土記
フィリピンのルソン島北部の中央山岳地帯の主に東斜面に広がっている棚田地帯。棚田の規模としては、世界最大ともいわれている。1995年に、ユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録されている。コルディリェーラの棚田は、天国へ昇る階段とも比喩される。棚田の総延長は2万キロメートルを越えるとも言われている。また、1995年にユネスコの世界遺産に登録された際は、日本での段々畑が棚田に名称変更された棚田保護政策のきっかけになったともいわれている。コルディリェーラの棚田は、山岳民族のイフガオ族などが紀元前1000年 – 紀元前100年から造成しはじめたといわれている。一部、水牛なども使われたようだが、ほとんどが手作業である。

顧問を務めていた全日本海運組合の計らいで、フィリピン・マニラにある船員養成施設を見せていただいた。そのあと、世界遺産であるパナウェイの棚田見学に出かけた。一泊旅行である。治安が良くないのか、到着前日に欧州人女性い観光客が強盗被害にあったというニュースを聞いた。棚田の規模には圧倒され、日本の山奥の観光資源化している棚田が、段々畑から名前をかえたぐらいでは子供だましに見えるから、観光資源とするには怖いものがある。フィリピン人もあまり注目していないのか、ギリシャ・メテオラ旅行で一緒になったフィリピン人富裕層観光客の2人は、一人は存在も知らずもう一人はいったことがないと言っていた。
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