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日本語辞書と英和辞書に見る「観光」

公開日: : 最終更新日:2023/05/28 人流 観光 ツーリズム ツーリスト

6月15日 月曜日父親の手術に立ち会うため加賀市立中央病院に出かけた。手術は無事終了し、石田医師には本当に感謝している。高齢の父親なので手術の実施は悩んだが、医師のアドバイスに従うことにした。完全看護なのだが、雑事もありあとは妹夫婦の世話にならざるを得ない。翌日一番の飛行機で羽田に戻りそのまま大学の授業。気になっていた都立中央図書館の辞書で字句観光を調べる作業にようやくとりかかることができた。

大学終了後、都立中央図書館で日本語辞書は取り急ぎ19世紀を中心にひろい読みしてみた。『明治期国語辞書体系』39巻にほぼ収録されており便利である。著作権が切れているものが大半であろうから、早くAMAZONやGoogleが無料のネット図書館を整備してくれると、このような力技の研究は不要となるであろう。

○1872年 『語彙』木村正辞・横山由請著 「いうらん 遊覧」 物見遊山などをする が掲載されていた

1889-1891年『言海』

「あそぶ 遊」   物見遊山ニ行ク(漢文の意)

「いうらん 遊覧」 遊ビニ覧ルコト 物見遊山

「いうれき 遊歴」 名蹟ヲ尋ネ風俗ヲ観ムガ為ナドニ国国ヲ歴廻ルコト

「たび 旅」    家ヲ出デテ遠キニ行キ途中ニアル

「宿屋」      旅人ヲ宿スヲ業トスル家 トマリヤド ハタゴヤ

○1892年 – 1893年『日本大辞書』山田美妙著、日本大辞書発行所 口語体でアクセントのついた辞書である。「旅行(りよかう)」旅スルコト「旅客(りよかく)」旅人「旅館(りよくわん)」ハタゴヤ「遊覧(いうらん)」遊ンデ見物スルコト、物見遊山スルコト が収録されていた。

○1894年『日本大辞林』物集高見著 宮内省発行

「遊覧(いうらん)」 ものみのあそび

「遊歴(いうれき)」 くにぐにをあそびめぐるをいう

「たび 旅」     いへをはなれてとおくへいくをいう

「旅行(りよかう)」 たび たびありき たびゆき

「旅客」       たびびと

「やどや 宿屋」   たびびとをやどすを業とするいへ

「旅館(りよくわん)」たびのやどり

「旅人(りよじん)」

 

1896帝国大事典 藤井乙男、草野清民著、三省堂発行「遊覧(ゆうらん)」あそびにため見物してあるくこと

○1897年『日本新辞林』林甕臣、棚橋一郎編、三省堂発行    「遊覧(いうらん)」遊びながらけんぶつしてあるくこと「旅行(りよかう)」旅すること「旅客(りよかく)」たびびと「旅館(りよくわん)」はたごや

○1898年『ことばの泉』 落合直文著、大倉書店発行 「旅行(りよかう)」他郷へたびだちゆくこと「旅客(りよかく)」旅行する人「旅館(りよくわん)」はたごや やどや

○1911年『辞林』金沢庄三郎編三省堂発行 「欧米漫遊の途に就むとする前三日」

「いうらん 遊覧」   遊びながらの見物

「いうれき 遊歴」   諸国を巡り歩くこと

「かんか 閑暇」    ひま いとま

「くわんくわう 観光」 ながめ、やうす

            他国の土地の状態又は人民の風俗などを視察すること

「こうせい 厚生」   生活の道をゆたかにすること

「ホテル」       大なる旅館 やどや

「宿屋」        やどや はたごや

「宿」         住む家 すみか 旅にてとまる家 はたごや

「旅」         わが故郷を離れて遠くにあること

「旅人」        たびびと 旅行する人 りょかく りょじん

「旅行」        たびゆき りょこう 他郷へ行くこと

「旅客」        りょかく りょきゃく

○1933年『新編大言海』大槻文彦著 富山房

「遊覧(いうらん)」遊ビニ覧ルコト 物見遊山

「遊歴(いうれき)」国国処処ヲ歴廻ルコト 名蹟ヲ尋ネ風俗ヲ観ムガタニスル アル遊学ノ意ニテ書生ノ諸名家ヲ歴訪シテ知識ヲ請ハムガ為ニスルアリ

「厚生(こうせい)」 人民ノ生活ヲユタカニスルコト 書経の語源を紹介している

「観光(くワんくワう)(くわんくおう)」[他国ノ光華ヲ観ル義] 他国ヲ巡航シテ其土地、風俗、制度、文物ヲ観察スルコト 近年数人一組団体トナリテ諸所ノ都会、社寺、名所ナドヲ見物シテアルク者ヲ観光団ナドトイフ  易経の語源を紹介している

「ホテル」旅館、主ニ西洋風ノ大旅館ヲイフ

旅行、旅客、宿屋等も解説

1940年『大日本国語辞典』上田万年共著、富山書房発行。

「遊覧(いうらん)」遊びながらながむること 物見遊山

「旅客(りょかく)」たびのきゃく たびびと

旅客税」

旅客船」

観光(くわんくわう)」 他国の光華を視察すること 他国の土地、風俗、制度を視察すること

「国際郵便」「国際運河」「国際河流」は掲載されるも国際観光はない

「物見(ものみ)」見物すること

「遊山(ゆさん)」山に遊ぶこと 遊びに出かけること なぎさみ

ほてる」 旅館 やどや 旅舎 殊に洋風なる高級な旅館

「旅館(りょくわん)」  たびのやどり はたごや

旅人宿業(りょじんやどげふ)」 旅客を宿泊せしめ又は人を寄宿せしむる営業

餘暇(よか)」 ひま いとま あまりのいとま

厚生(こうせい)」 人民の生計をゆたかにするすること

 

19世紀には、当時の日本語辞書には「観光」は収録されていないものの、旅、旅行、旅客、旅人、遊覧、遊歴、旅館は字句としては確立していたと言える。現在の概念「観光」に近いものをあらわして字句は「遊覧」「遊歴」なのであろう。概念「旅」「旅行」は現在までその命を字句「旅」「旅行」であらわしていると思われる。

「観光」が辞書に収録されたのは、中央図書館の辞書では1911年『辞林』であるが、同時に「厚生」の収録されているところが面白い。また外来語の「ホテル」も同時に収録されている。

鉄道省に国際観光局に設置された1930年より後の日本語辞書については、1933年『新編大言海』大槻文彦著 富山房発行および1940年『大日本国語辞典』上田万年共著、富山書房発行が収蔵されていた。

これらは19世紀と比較するとはるかに語彙が増加しており、分析対象としては興味が尽きないものである。字句「観光」の概念の説明が語源に忠実であり、越境概念、アウトバウンド概念となっているところが面白い。「ツーリズム」は収録されていないが「旅人営業」が収録されており、「ツーリズム」が存在していることを示唆している。政策用語も「旅客税」等収録されている。また「厚生」が収録され「人民の生計をゆたかにするすること」と解説されている。厚生については、巷で使用されている意味というよりも政府見解を忠実に表現していると言う方がいいのかもしれないが、観光は政府見解とは逆のアウトバウンドとなっているから面白い。

 日本辞書といっしょに英和辞書も閲覧した。日本語辞書は表記方法が定まっていない時代のものであり捜しづらかったが英語はその分楽であった。

まず、1814年(文化11年)に完成したのが、後年福澤諭吉も使用したという史上最初の英和辞典『諳厄利亜(あんげりあ)語林大成』であるが、観光用語はなかった。1862年の『英和対訳袖珍辞書』1869年『英和対訳袖珍辞書 改正増補』は別稿で紹介したとおりである。以下簡単に紹介しておく。訳語の方は観光に関連するものを掲載している。

 

1887年 附音挿図英和字彙 柴田昌吉 

Touristは遊歴者、巡回者となっており、遊歴は当時の日本語辞書では「諸国をめぐり歩くこと」であるから、越境概念を含んでいるものもあったと推測される。

Resort   行ユキ 使用(モチイ) 集会(アツマリ)

Tour    一巡(ヒトマワリ) 巡回(メグリ) 遊歴(ユウレキ)

Tourist   遊歴者 巡回者

Travel   旅行 歩行

Traveller  旅人 行人

Hotel    客館(ヤドヤ)

Inn     傳舎 ハタゴヤ 旅舎(ヤドヤ) 邸第(ヤシキ)

Excursion  吟行(サマヨイ) 行錯 行旅(タビ)

Excursionist 旅客(タビウド)

Leisure   閑暇

Recreation 保養 嬉戯アソビ

 

○1888年『ウェブスター氏新刊大辞書和訳字彙』、三省堂発行 

この本の「Tourist」と「Traveller」の解説は両者の緊張関係を物語っており、西洋人が編者であることから興味ふかい解説である。

Resort    往行 使用 計策 集会

Tour     一周 巡回 遊歴 漫遊 周遊 跋渉

Tourist   遊歴者 巡回者 山川ヲ跋渉スル人

Travel    旅行 歩行 客遊 動程

Traveller   旅行者 行人 商業取引人ニシテ商品ノ注文ヲ受ケ又ハ集ムル旅人

Leisure    閑暇

Sightseeing  見物スル

Sightseer   見物好キノ人

Recreation   精神ヲ休養スルコト 保養 嬉戯 欝散

1895年『和訳英字彙』蔦田豊著、大蔵書店発行

Sightseeing  見物好キノ 新奇ヲ探グル

Sightseer   見物好キノ人

Tour     一巡 巡回 遊歴 漫遊 周遊 跋渉

Tourist    遊歴者 巡回者 漫遊者 山川ヲ跋渉スル人

Travel     旅行 歩行 客遊 動程

Traveller   旅人 行人

Leisure    閑暇

Resort     使用 計策 行ク所 集会所

○1917年模範英和辞典 神田乃武編 三省堂 Sightseeing、Sightseerに観光があてらている。Tourには観光はあてられていないがTouristにはあてられている。

Excursion  遠足 散策 遊覧

Leisure   間暇カンカ 暇ヒマ

Hotel    旅館 客舎

Recreation  再造 改造

Resort    往通 通所 人出場所

Sightseeing 見物 観光

Sightseer  見物ズキ 見物家 観光客

Tour    漫遊 遊歴 巡視

Tourist   漫遊者 遊歴者 観光客

Travel    旅 旅行 動程

Traveller   旅人 旅客

 

○1919年『袖珍英和辞典』熊本謙二郎共著、有朋堂発行 ほんとのポケットブックである

Tour      漫遊 遊歴 順番

Tourist     漫遊者 遊歴者

Travel     旅行

Traveller    旅人

Sightseeing  見物 観光

Sightseer   見物ズキ 観光客

Recreation   改造

Resort     往来 人手場所

Leisure     間暇

Hotel      旅館 客舎

 

○1927年『新英和大辞典』岡倉由三郎主幹、研究社発行  Tourに観光旅行があてられた。

Travel    旅行 旅 客遊 行旅

Traveller   旅行家 旅客 旅人

Tour     周遊 漫歴 遊歴 観光旅行

Tourist    周遊者 漫遊者 旅行家 観光者

Excursion   遠足 小旅行 遊覧 回遊 行軍

Leisure    暇 閑暇

Sightseeing  見物 観光 Sightseeing car 観光自動車

Sightseeker  遊覧者 観光客

Sightseer   見物人 観光客

Recreation   改造

Resort     通ふこと holiday Resort 休日に遊びに行く場所

Health Resort 養生地

 

○1931年『大英和辞典』市河三喜著、富山書房発行

Travel   旅すること 旅行(殊に外国旅行)

Traveller  旅行者 旅人 旅客

Hotel    旅館 ホテル

Excursion  回遊 遠足 旅行 行軍

Leisure    閑暇

Recreation  休養 保養 爵散 鋭気復活

Resort    往来すること 人が好んでゆく場所 遊山地 集会所

Sightseeing 見物 遊覧 観光

Sightseer   見物者 遊覧者 観光者

Tour     周行 周遊 回覧 回遊旅行 巡航

 

○1932年『大英和辞典』藤岡勝二著、大倉書店発行 

Tourismが初めて出てきた字書であるが、「稀」となっている。Touristの解説に浮浪人があてられ「諧」途中が振ってある。Traveller「行商人」との緊張関係をあらわしているのであろうか。

Recreation  気晴ラシ ウサ晴ラシ 娯楽 休養 保養

Resort    行クコト 集会所 health resort 保養地

Sightseeing 見物 観光 遊覧

Sightseeker 珍ラシイ物ヲ見タガル

Sightseer  見物人 観光客

Tour    旅 旅行 漫遊 観光 遊歴

Tourism  {}旅行 漫遊

Tourist   旅行者 旅客 観光客 漫遊客 遊歴者

「諧」浮浪人 

Travel    旅 旅行

Traveller  旅人 旅客 旅行者 行商人

 

○1941年『英和活用大辞典』勝俣銓吉郎編、研究社発行 同書ではTourismの訳語には観光事業も加わっている。

Excursion  遠足 遊覧

Hotel    旅館 ホテル

Leisure   暇 好都合

Recreation  休養 娯楽 気晴らし

Resort    人出場所 遊び場 休養地

Sightseeing 見物

Tour     漫遊 遊歴 旅行

Tourism   観光 観光事業

Tourist    漫遊者 観光者

Travel    旅行

Traveller   旅行者

以上を概観していえることは、Travel、Traveller、Tour、toursit、Excursion、Sightseeing、Recreationは明治初期から紹介されていたことがわかる。TravellerとTouristの関係も著者、編集者にはある程度理解されるようになっていったことがうかがえる。観光の訳語がはじめににあてられたのはSightseeingであり、現代にも通じるものである。Recreationは保養を強調している時代から改造を強調する時期を経て再び休養、気晴らしを強調する時期に戻ってきている。Tourに観光があてられたのは国際観光局が論議された時期とおおむね一致し、すこし遅れてTourismも紹介されるようになった。そしてそのTourismに観光事業の訳語も加わるようになった。

 

 

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