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概念「「楽しみ」のための旅」と字句「観光」の遭遇 Encounter of the concept “Travel for pleasure” and the Japanese word “KANKO(観光)”(日本観光研究学会 2016年度秋期大会論文掲載予定原稿)

公開日: : 最終更新日:2016/11/25 用語「人流」「観光」「ツーリズム」「ツーリスト」

「「楽しみ」のための旅」概念を表現する字句が、いつごろから発生し、どのように変化していったかを、「「楽しみ」のための旅」に関連する英語圏の概念がわが国に紹介されてゆく過程とあわせて概観し、その問題点を考察した。

キーワード 旅、遊覧、観光、ツーリスト、ツーリズム、travel、tour、tourist、tourism

1 「旅」概念と「「楽しみ」のための旅」概念
脳のエネルギー消費が大きい人類は肉食のため移動生活が常態だったが、農耕により定住を可能とした。定住社会における人の移動概念が、英語圏ではtravel、日本では「たび」、中国では「旅」を代表例として収斂していった。この移動は、兵役、納税等といった「楽しみ」とは認識しにくいものであり、漢字「旅」が輸入された時、「たび」があてられたことは容易に想像できる。またtravelの訳語が中国及び日本において「旅」があてられたことも理解し易い。
 英国では富裕層が行うの旅は能動的なものとして認識されていたが、その後に一般大衆向けの受動的になった旅行を行う者が発生したとされる。この能動的なtravelを行う者(traveller)と区別して、tourを行う者をtouristとする概念が発生し、19世紀までに一般化した。
 「「楽しみ」のための旅」の概念及び字句を必要とした背景には、その大衆化がある。社会経済的に「「楽しみ」のための旅」(tour)を一般の旅(travel)から分離する必要が生じ、touristを対象にする産業活動が発生したからである。
2 Google、Amazonの古文書解読への期待
概念及び字句の分析には、江戸期、明治期の使用字句の数量分析が必須である。しかし、板坂燿子が『江戸の紀行文』で指摘するように、和文の印刷物化が2%程度では困難である。当面は新聞記事検索(文献1)に頼らざるを得ず、Googleに代表される文献検索システム技術の進展に期待せざるを得ない。なお、「「楽しみ」のための旅」概念を研究対象とするには、その中心概念「楽しみ」を分析しなければならず、今後の客観的な脳内の感性データ分析等が必要となる(文献2)。
3  辞書から見る字句と概念
字句travel、traveller、tour、tourist、tourism、sightseeingが流入してきた時期における日本人の概念把握のため、東京都立中央図書館収蔵の国語辞書、英和辞書に現れる「「楽しみ」のための旅」に関連する字句を時期ごとに整理した。

表1 辞書に見る「観光」「tour」「tourism」
年 辞書名 英和辞書
1862 英和対訳袖珍辞書 travelとtourの概念の区別無
1872 語彙 「遊覧」を収録
1889 言海 「旅」と「遊覧」を初区分
1911 辞林 「観光」を初収録
附音挿図英和字彙 travelとtourの概念を区別
1912 ジャパン・ツーリスト・ビューロー設立
1917 模範英和辞典 tourist(観光客)初収録
1927 新英和大辞典 tourに観光旅行を充てる
1930 国際観光局(Board of Tourist Industry)設立
1932 大英和辞典 tourism収録tourと区別無し
1933 新編大言海 「遊覧」「観光」収録
1941 英和活用大辞典 tourismに観光事業を充てる

tour及びtravelはほぼ同時期に日本に流入してきた。日本でもこの時期、字句「旅」と字句「遊覧」はともに存在した。しかし、しばらくtravelもtourも区別なく紹介されていたから、日本人が概念travelと概念tourの違いを理解するには時間を要したことがわかる。
tourismはtouristとともにtourの派生語であるが、travelの派生語はtravellerのみであり、tourismに対応するtravelismは字句として確立されていなかった。また、英和辞典では字句tour、touristが掲載された時期から遅れてtourismが掲載されている。この○○ismという概念は、当時の日本人が理解するには時間を要したのかもしれない。
(1)ジャパン・ツーリスト・ビューロー設立前の時期
国語辞書では、1872年版『語彙』は字句「遊覧」を収録しており、当時日本に「「楽しみ」のための旅」概念が存在したと考えて間違いはない。その一方字句「観光」は収録されていないから、字句「観光」が「「楽しみ」のための旅」概念をあらわすものとして一般的に使用されていたとは考えにくい。1889-1891年版『言海』は「遊覧」「遊歴」とともに「旅」を収録しており、「「楽しみ」のための旅」概念と「一般的な旅」概念の区別をしている。「遊歴」は越境概念を伴ったアウトバウンド概念として解説されている。1896年版『帝国大事典』は「遊歴」を収録していない。英和辞書では、わが国初の英和辞書1814年『諳厄利亜語林大成』は旅に関する字句を収録していない。1862年及び1869年『英和対訳袖珍辞書』は、旅と旅人の区別はするものの、travelとtourの概念の区別はしていない。同時期の国語辞書は「「楽しみ」のための旅」概念として使用されている字句「遊覧」を収録しているから、英語としての字句tour、touristの理解が深まっていなかったと考えられる。字句tourism及びsightseeingも収録していない。1887年版『附音挿図英和字彙』はtour、tourist(遊歴者)travel(旅行)traveller(旅人)を収録する。この時期になると、travelとtourの概念区分をしている。字句touristには、国語辞書にはない字句「遊歴者」を造語して解説しており、touristを日本流の越境概念をともなったものとして理解している。1888年版『ウェブスター氏新刊大辞書和』ではtour、tourist(遊歴者 山川ヲ跋渉スル人)travel(旅行)traveller(旅行者 商業取引人ニシテ商品ノ注文ヲ受ケ又ハ集ムル旅人)sightseeingを収録している。1895年版『和訳英字彙』もsightseeing、tour、tourist、travel、travellerを収録する。
(2)1912年から国際観光局設立までの時期
1912年、原案は国際旅客奨励会(ジャパン・ツーリスト・ビューロー)であったものの最終的には「ジャパン・ツーリスト・ビューロー」の名称の組織が設立された。
この組織の設立一年前に発行された1911年版『辞林』は「遊覧」「遊歴」「観光」(ながめ、やうす 他国の土地の状態又は人民の風俗などを視察すること)「旅」「旅人」「旅行」を収録している。国語辞書として初めて、字句「観光」を日本流の越境を伴ったアウトバウンド概念として記載している。字句「観光」が定着し始めていたものの、人を表すtouristには字句「観光客」が対応し、その観光客も外国人が念頭にあるから、字句は「観光外客」でなければならないが、観光外客は収録されていない。
英語辞書では、1917年版『模範英和辞典』がsightseeing、tour、tourist(遊歴者 観光客)travel、travellerを収録している。字句「tourist」が字句「観光客」と対応している。1919年版『袖珍英和辞典』はtour、tourist、travel、traveller、sightseerを収録している。touristは「遊歴者」sightseerは「観光客」となっており、観光客はtouristに限定されていない。1927年版『新英和大辞典』はtravel、traveller、tour、tourist(観光者)sightseeing(観光)sightseeker、sightseerを収録している。tourを観光旅行としているが、travelを旅行とすることに対応するものとして適訳である。
(3)1930年国際観光局設置以降
国際観光局の英文名は「Board of Tourist Industry」であった。tourismの理解が浸透しておらず、字句tourist industryが使用された。1931年版『大英和辞典』はtravel(旅行(殊に外国旅行))traveller(旅行者)sightseeing(遊覧 観光)sightseer(遊覧者 観光者)tour(周遊)を収録している。1932年版『大英和辞典』はsightseeing(観光 遊覧)sightseer(見物人 観光客)tour(旅行 観光)tourism({稀}旅行 漫遊)tourist(旅行者 観光客 遊歴者「諧」浮浪人)travel(旅)traveller(旅人 行商人)を収録している。初めてtourismを使用頻度が高くない字句として収録している。tourもtourismもともに旅行と訳し、tourとtourismの区別をしていない。英語圏では字句touristは 1772年までには使用されており、字句 tourism も 1811年までには使用されているから、字句tourismの日本への紹介には時間がかかったことになる。tourに接尾辞をつけたtourismを理解し翻訳するには時間がかかる。「「楽しみ」のための旅」はtourをもって表現できるところに、さらにtourismを、必要とする社会的必要性を踏まえて翻訳することは今日でも難しいことである。
現在多くの教科書は、大正時代にtourismの訳語に観光があてられたとする。辞書を概観する限りこのような解説には根拠がない。
「観光」が法令用語として確立された後の1941年版『英和活用大辞典』はsightseeing(見物)tour(旅行)tourism(観光 観光事業)tourist(観光者)travel(旅行)traveller(旅行者)を収録している。tourismを「観光事業」と翻訳している。国際観光局の英訳「tourist industry」に対応している。tourとtourismを区別することなく漫然と字句「観光」を充てるよりは適訳である。
国語辞書では、1933年版『新編大言海』は「遊覧」(遊ビニ覧ルコト)「遊歴」(国国処処ヲ歴廻ルコト 名蹟ヲ尋ネ風俗ヲ観ムガタニスル アル遊学ノ意ニテ書生ノ諸名家ヲ歴訪シテ知識ヲ請ハムガ為ニスルアリ)観光([他国ノ光華ヲ観ル義] 他国ヲ巡航シテ其土地、風俗、制度、文物ヲ観察スルコト 近年数人一組団体トナリテ諸所ノ都会、社寺、名所ナドヲ見物シテアルク者ヲ観光団ナドトイフ)を収録している。観光の語源として、易経を紹介しているが、鉄道省の法令用語の影響である。1940年版『大日本国語辞典』は「遊覧」「旅客」「旅客税」「旅客船」「観光」(他国の光華を視察すること 他国の土地、風俗、制度を視察すること)「物見」「遊山」「国際郵便」「国際運河」「国際河流」を収録しているが「国際観光」は掲載していない。また「ツーリズム」は収録していないが「旅人営業」を収録しており「ツーリズム」概念の存在を示唆している。
4 政策が影響した字句「観光」等の使用法
(1)ジャパン・ツーリスト・ビューローの設置

明治20年代の各県の宿屋取締規則においては「旅」概念が対象になっており、政策目的は主として治安維持であり、「「楽しみ」のための旅」を行う旅人を区分して行う施策はまだ発生していない。「「楽しみ」のための旅」が政策に取り込まれるのは1912年ジャパン・ツーリスト・ビューローの設置が最初である。字句「遊覧客」ではなく字句「ツーリスト」が使用された。touristに対応する使用法が当時は定まらない状態であった。1918年ジャパン・ツーリスト・ビューローが北京に案内所を出した時には日本国際観光局の看板を掲示した。外客誘致政策に使用する「「楽しみ」のための旅」概念に字句「観光」が用いられていた。
(2)国際観光局の設置
わが国の観光政策の展開は、軍備増強等のため外貨獲得から始まっている。鉄道官僚は外貨獲得が持つ「物乞い」の印象を避けるため、易経の解釈を「輝かしい国の光をしめし賓客を優遇する」と、語源の意味とは異なったものとして「観光」を使用した。行政用語が確立するとマスコミを通じて学会等の用語も確立する傾向があり、1930年前後において「「楽しみ」のための旅」概念が字句「観光」に収斂していった。朝日新聞記事データベース聞蔵Ⅱによれば、字句「観光」の使用頻度がこの時期から増加している。

表2 朝日新聞記事に見る「遊覧」と「観光」の出現頻度
  年代       遊覧  観光
1879~1900     235   48
1901~1910     342   644
1911~1920     211   680
1921~1930     153   323
1931~1945     200   1039
1946~1989     258   5492

(3)内主外従の国際観光事業及び国内観光事業の始まり
鉄道省の資料は、観光を国際事業と国内事業に区分する。国際観光局は外客誘致のための組織であるから、制度上国際事業は対外宣伝事業であり、国内事業は外客のための国内における施設整備事業等である。この国際観光局設立を契機に各地の団体が観光協会を名乗るようになり、地域によっては鉄道省の政策を超えて、本音で日本人向けの観光宣伝事業を表に出し始めた(内主外従)。西洋人向けの施設を日本人も活用し始めたからである。それに伴い政策概念「観光」も国内観光に拡張していった。
(4)字句「厚生」と字句「レクリエーション」の誕生
1936年、ベルリンオリンピックの次期大会に1940年東京オリンピックが決定され、国際レクリエーション大会も東京で開催されることになった。報道では当初「レクリエーション大会」を「余暇善用大会」と訳していたが、同時期に設立された厚生省の名称の影響を受け、レクリエーションの訳語が厚生となった。しかしレクリエーションの戦前の用例は、朝日新聞では13件であり、戦後も含めて用語としての普及は見られなかった。戦時は使用がはばかられるようになった娯楽等の字句に変わって、「厚生」の衣のもとハイキング等が強調されるように変化していった。
戦後、レクリエーション大会が国民体育大会とともに開催され、レクリエーション・スポーツは文部省所管業務となった。字句「レクリエーション」は国家公務員法において初めて法令用語として「元気回復」という意味で使用された。その後、高度経済成長期に全国総合開発計画及び運輸行政において字句「観光・レクリエーション」が使用されるようになった。
(5)戦後復興期にも継続する外貨獲得の観光政策
外客誘致政策は、戦後も進駐軍対応のため運輸省に観光課が復活する形で続いた。ホテルが占領軍に使用されていたため、新たにホテルを確保する必要があり、国際観光ホテル整備法が議員立法で成立した。法律名で観光を使用するものの、本則中において字句「観光」は第1条(目的)でしか使用されず、逆に字句「外客」が多用されている。
施設整備のために外貨獲得の「観光」が錦の御旗になっていた。「観光」を前面に押し出した方が予算を獲得しやすかったからである。観光バスの免許基準に「観光事業の重要性に名をかり、不健全な遊覧、行楽に貴重な燃料を消費しない」という条件がつけられた。復興期観光を冠したバス会社が数多く設立されたことが背景にあり、逆に観光が今日的意味で使用されるようになっていたことも表す。
(6)ソーシャル・ツーリズムとレクリエーション
戦後字句「観光」は厚生行政、文部行政文書に登場することはなく、運輸省所管事務の「運輸に関連する観光」と対比される形で、厚生行政においては国民宿舎等に具体化されるソーシャル・ツーリズム、文部行政においてはレクリエーション・スポーツ(体育)が戦前を引きずる形で強調されることとなった。文部省所管の法律である社会教育法、博物館法、公民館法、図書館法において字句「レクリエーション」が使用された。字句「観光」を使用した形での国内政策が総合的に進展しなかった事情として、55年体制下において「休日問題」が観光基本法の対象外とされたこと、厚生省所管の旅館業法のもと国際観光ホテル整備法が運輸省所管とされ二重行政が実施されたうえに、外客目的の為の国際観光旅館にほとんど外客が宿泊せず形骸化していたこと、その一方で公共の宿等の廉価な宿泊施設と民間宿泊施設に緊張関係があったこと等が原因する。
(7)国内観光法令における字句「観光」の忌避
1994年に農山漁村滞在型余暇活動のための基盤整備の促進に関する法律が「農山漁村滞在型余暇活動」を定義付けしている。2002 年に制定された沖縄振興特別措置法は、環境保全型自然体験活動について規定している。両者とも見事なぐらいに字句「観光」を忌避して造語している。むしろ研究者のほうが無頓着にアグリツーリズム、エコツーリズム等の字句「ツーリズム」を使用していた。この字句「観光」の忌避姿勢は総合保養地域整備法(リゾート法)制定時にも見られた。同法は休暇制度も含めた政策の一環として実施され、単なるキャンペーンではなく、初めての総合的な具体的権力行為が規定されたものであった。リゾートに対して、当時マスコミに迎合した論評を行う観光政策研究者が多く、制度的評価の深度化が進展しなかった。戦前、戦中、戦後を連続してとらまえる地域観光政策研究が進展しなかったことが原因したのである。結果的には、皮肉なことに、同法において字句「観光」が強調されなかったことが、小泉内閣の観光政策の展開には幸いした。
4 法令用語「ツーリズム」の誕生と指針性への懸念
2001 年中央省庁改革法により「観光地及び観光施設の改善その他観光の振興に関すること」が国土交通省の所掌事務とされ、「運輸に関連する」という限定が「観光」から外された。2006年観光立国推進基本法が制定され、外貨獲得から地域の誇りを強調する理念に変更されるとともに、佐伯宗義が旧観光基本法制定時に反対した中央集権的規定が削除された。
旧観光基本法においては遊覧、観光が併用されていたが、観光立国推進基本法においては字句「観光」に完全に整理された。しかし折角整理されたにもかかわらず、2007年に制定されたエコツーリズム推進法は、ツーリズムを法令用語として初めて使用した。エコツーリズムのコアとなる概念は観光資源及び観光旅行者といずれも字句「観光」を用いているから、法令としては字句「ツーリズム」の造語を回避して字句「環境保全型観光活動」等の採用も可能であった。「観光」概念のあいまいさによる法律としての指針性、規範性が欠如するという旧観光基本法が抱えていた問題点は、法令用語ツーリズムの登場により、観光立国推進基本法においても、さらに拍車をかけるものとなってしまった。
なお、観光政策が指針性、規範性に欠けるものとなってしまう理由は、佐伯宗義も主張(文献3)するように、観光は地域の個性の発揮であり、権力行為をもって格差を是正しようとする「政策」というものとは内部不協和の部分があるからである。
5 ハイフン・ツーリズム批判
 新聞記事検索システムによれば、字句「観光」は当初固有名詞として使用される例が多く、意味する概念よりも縁起の良い字句として使用され(文献1)。
戦前期の「ツーリスト」の用例については、「ジャパン・ツーリスト・ビューロー」に関するもののみである。「ツーリズム」の用例に至っては、戦前期においては皆無である。昭和戦後期の「ツーリズム」の用例も、読売新聞2件、朝日新聞5件である。2000年までの「ツーリズム」の用例も「観光」と比較して極めて少ない。読売新聞を見ると、平成期における2000年までの「ツーリズム」の用例は244件であり「観光」と比較しても極めて少ない。増加するのは21世紀に入ってからであり、2001年から2010年までの用例は2565件、2011年から2016年までの用例1108件である。ちなみに「観光」のヒット数は2011年以降だけでも六万件を超えている。この傾向は朝日新聞においても全く同様であった。研究者が好む「ツーリズム」が使用されるのは、きわめて近年の現象なのである。21世紀にはいり小泉総理が観光を唱え始めてからのことであり、しかも字句「観光」の使用が高まるとともに高まってきた。
研究者は字句「観光」の概念が曖昧であるとして字句「ツーリズム」を使用する。この傾向を私はハイフン・ツーリズムと名付けている。共通認識を形成することができるのであれば、観光でもツーリズムでも字句の使い方の問題であり、本質的なことではない。既に井上萬壽藏もツーリズムは「語義が不明確」と記述しているのである。
6「観光」語源論と命名論の終焉(提案)
法令用語としての字句「観光」は、組織名の命名者である鉄道省が易経から引用したとするのであれば、易経が語源である。このことは元号と同じである。世間で使われている字句「観光」の語源は複数存在してもかまわないが、新聞記事における使用頻度から推測する限り、鉄道省が「観光」を使用した影響が、一般社会に大きく及んだと推測できる。ただし、「「楽しみ」のための旅」概念を表現するものとしての字句「観光」になると、本稿で展開したように、語源というよりも、字句と概念の遭遇現象と考えるべきである。新たに造語されたわけではないからである。

文献1 寺前秀一著「「観光」の誕生から「人流」の提唱」」『帝京平成大学紀要26巻2号』「国内「観光」行政の誕生と展開」『帝京平成大学紀要 第 27 巻』
文献2 g-コンテンツ流通推進協議会観光ウェアラブル調査委員会 https://jinryu.jp/blog/?p=3597
文献3 佐伯宗義発言『月刊観光』1965年5月号p.13

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