保阪正康氏の講演録と西浦進氏の著作物等を読んで
日中韓の観光政策研究を進める上で、現在問題になっている「歴史認識」問題を調べざるを得ない。従って、戦前の関連する日本の政策研究を進めているが、タイミング良く2015年7月の学士会会報913号に、保阪正康氏の「昭和史から学ぶこと」(3月夕食講演)が掲載されていた。おりしも『昭和戦争史の証言 日本陸軍終焉の真実』 (日経ビジネス人文庫)及びその著者西浦進氏に関するオーラルヒストリーである『昭和陸軍秘録 軍務局軍事課長の幻の証言』(日本経済新聞社)を読んだところであり、併せて考えることができた。
西浦氏は陸軍士官学校を大正11年に卒業し、陸軍大学校を経て昭和6年陸軍省軍務局軍事課に勤務された方である。文庫本は「昭和六年十月より昭和十九年末に至る間、三回に亘る陸軍省軍務局軍事課勤務」について回想したものであり、もう一冊は研究者によるオーラルヒストリーである。両者を読んだ結果、霞が関経験を持つ私には、よくも悪くも、昔の陸軍も今の霞が関も同じ中央官庁なのであるという印象をもった。
軍縮期の肩身の狭さは自衛隊がまま子扱いされていたころよりも厳しいというところであったという記述がある。私が幼いころ母方の祖母が、祖父が二等車に乗っていると、軍人が二等車に乗って贅沢だと言われたということを話して聞かされた記憶がある。国際観光局ができる前の時代のことであるが、鉄道省役人全員の辞表取りまとめ事件も官吏俸給削減問題から発生している。現代も庶民の政治に対する不満から、公務員バッシングの嵐が突風のように吹くことがあり、選挙の為に政治家がそれを悪用するのである。
西浦氏によれは、物資の奪い合いの喧嘩が始まったのは昭和13年からで、12年まではほとんどなかったようだ。いわゆる「物動」は機密費や予算より重要となった。予算は大蔵省がしっかりしていて、秘密保持も昔から硬かった。歴史も伝統もあり、陸軍、海軍の調整をしっかりするが、「物動」は企画院の仕事であるものの、企画院は非常に弱い役所で陸海軍の調整ができなかった。企画院に予算編成権を移す話も、寄り合い所帯で秘密が保てず、大局的に観ることができなかった。政党だとかほうぼうの圧力によって政策が一途にできない心配があったので企画院の予算編成権に反対したと語っておられる。現在でも予算編成権を財務省から奪いあげる話が時折話題になるが、財務省がしっかりしているのは、今も昔も変わらないであろう。
戦争準備であるが、航空機について「18年になると予算なんかは航空機の方が多いくらい」と語っておられる。しかし、予算が実行される段階でおかしくなったようであり、この点でも現在の公共事業が実行予算段階でおかしくなることがあるのと同じである。なお、昭和25年の全国の理工系の研究者を対象としたアンケート調査で研究の自由が最も豊かに感じられたのは何時かという設問に、70%近くの人が戦時中と答えていたとある(村上陽一郎「科学・技術の戦後70年」2015年7月の学士会会報913号)。
満州事変は計画的であったが、支那事変は無計画であったとの印象を語っておられる。閣議請議書を起案する際に「事変」として提出したことなどが記述されている。
アメリカの日本への対応のうち、予期せぬ資金凍結、液体燃料の禁輸に触れておられる。資金凍結等の経済制裁は今でも北朝鮮やロシアに適用されることがあり、北朝鮮旅行でカードが使えなかった不便さを身をもって体験させてもらった。日本政府は、ハルノートで対米戦争を決心したことになっているが、ハルノートの解釈(*)で満州からの撤兵を含むとしたのはあいまいなようであった。西浦氏にはあまり認識がなかった印象である。ドイツ情勢を見極めれば戦争はなく、ドイツがつぶされれば、結局中国、朝鮮からどうせ退却しなければならなかったから、その時に退却したほうが良かったのかもしれないと語っておられる。また、ナチスとドイツ軍を区分しておられず「あれほど対立しているものとは思わなかった」と語っておられるが、シビリアンコントロールの発想がなかったのであろう。最終的に「これは歳をとってみていろいろ感じますけど、当時はやはりだんだん減って来るのをぼんやりしておったら・・早く解決しなければいかんという気持ちが強い」「計画的にやれといわれていることがかえって人生を誤ったのではないかという気もする」と語っておられるが、優秀と評される現在の日本の官僚にも通じることではないか。ユーロ,EUをめぐるギリシャ政府の取扱のように、何とかなるという対応で国民をハラハラさせることができないのであろう。
*北岡伸一氏の著作では「吉田茂はハルノートにもかかわらず、日付がないことに注目し、最後通牒ではないとした。対米戦争を避けるべく東郷外相に辞職を迫っている。辞職すれば内閣が混乱し重要決定が困難となる。季節的に真珠湾攻撃が難しくなって、その前にドイツの後退が始まっていただろうから事態は変わっていた。ハルノートに満州が明記されていなったのだから解釈交渉ができた。吉田はグル―大使に機密情報を届け戦争回避を試みた。」となっている。
韓国・北朝鮮の人々の歴史認識では、日本が連合国に敗戦したことは引き金であって、朝鮮人民の独立運動が機能したことになっている。私を含めて一般的な日本人にはあまり認識できないことである。しかし、あらためて西浦氏の感想を考えてみると、日本が連合国と戦争しなくても、すぐにドイツ・イタリアが敗戦したであろうから、当時の国際情勢から、満州、朝鮮から日本は退却せざるを得なくなっていたであろう。その過程でソ連、中国(国民党か共産党かはわからないが)の支援で独立を目的とした朝鮮人の抗日闘争が激しくなっていったであろうから、朝鮮戦争がなくても朝鮮半島は戦禍をまぬがれなかったのであろう。
なお、1940年「百団大戦」で日本軍は甚大なる損害を被った。これに対して日本軍は徹底的な対策を実施し、1943年までに共産ゲリラの封殺にほぼ成功した。ベトナム戦争時、米国研究者から、日本軍の共産ゲリラ封殺作戦に関する情報提供の要請があった。外務省もこの問題に詳しい旧軍人を派遣したい意向をもっていたことをオーラルヒストリーでさりげなく語っている。それにしてもアメリカは、朝鮮戦争での失敗にも懲りず、ベトナム戦争でも失敗し、今またアフガン、イラクで失敗を繰り返している。日本軍の失敗もさることながら、アメリカ軍も失敗の歴史であり、戦争に勝者はないのであろう。
西浦氏の解説に比べれば、保阪氏の主張は長年の研究に基づくものであり、門外漢にもその分わかりやすいであろう。ポツダム宣言受諾に当たり、裁判の証拠を残すことを恐れ、日本軍は資料を焼却してしまったが、新たな資料が発見されれば、太平洋戦争の解釈・評価が大きく変わる可能性があることを前提に、太平洋戦争につき語り継がなければならない論点を整理しておられる。主な論点は、①他の国では、シビリアンコントロールの不在は発生しなかった。スターリンもヒトラーも文官として軍を動かしていた。日本では、統帥権干犯という言葉を盾に、政治家が軍事に口出すことが許されなくなっていった。②日本軍は他国ではありえない戦術(特攻、玉砕)を採用した。20世紀の戦争で兵士が百パーセント確実に死ぬ戦術を採用した国は日本以外にはなかった(テロは別)。大本営参謀の作戦失敗の隠ぺい工作にもなった。日本は江戸時代270年をかけて武士階級のもつ戦闘エネルギーを儀式化し、制御することに成功したが、特攻や玉砕はこの知恵への公然たる挑戦であった。③日本軍は捕虜の扱いをめぐり国際条約を無視した。太平洋戦争がはじまるとアメリカはジュネーブ条約批准を迫るものの日本政府は突っぱねた。それでも英米は兵士に日本軍と戦って不利になったら降伏を命じたのは、第1次大戦の日本の捕虜の扱いが世界的に称賛されたからであった。なお、保阪氏は、金沢が戦災にあわなかったのは、軍事工場がなかったからとういう説明をなされている。京都、島根、石川等では爆弾は一ケタから二桁程度であった。アメリカ軍は捕虜からの聞き取りにより、詳しく情報をつかんでいたのであった。現在の安全保障論議にも通じることである。
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