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『答えのない質問』レナードバーンスタイン著 原理的に音楽には普遍性があるというのがバーンスタインの主張。その証明のため、チョムスキーの理論を援用 音楽を証明可能な科学で論じようとした

公開日: : 最終更新日:2023/05/30 脳科学と観光

音楽教育に熱心だったバーンスタインが、1973年にハーバード大学で、6つのテーマをもとにしたレクチャー番組「答えのない質問」がついに日本初DVD化(映像化初)総収録時間793分をテーマ毎に6枚のDVDに収録。ボストン交響楽団、ウィーン・フィルを率いてのバーンスタインの実演も非常に見ごたえのある貴重な映像

解説 許光俊  原理的に音楽には普遍性があるというのがバーンスタインの主張。その証明のため、チョムスキーの理論を援用 音楽を証明可能な科学で論じようとした

内容(「キネマ旬報社」データベースより)

レナード・バーンスタインによる名演奏を集めた6枚組BOX。「音楽的音韻論」「音楽的統語論」「音楽的意味論」「「曖昧さの喜びと危険」「20世紀の危機」「大地の詩」の全6章の構成で、バーンスタインの魅力に迫る。

1970年代にハーヴァード大学で行われた6回分の講義(ボストン響との演奏もある)の記録なのだが、改めてバーンスタインという人間のすごさを思い知ること請け合いである。バーンスタインというと、我を忘れて熱狂し、音楽に没入してしまうというイメージがあるが、とんでもない、たいへんな理論家でもあったのだ。何しろ最初の4回は、チョムスキーの言語学を援用しての音楽論。続く2回は、20世紀の二大作曲家シェーンベルクとストラヴィンスキー論。こちらは、アドルノ『新音楽の哲学』(日本語でも読める)によほど腹を立てたらしく、論破しようと熱くなっている。前半は簡単な音楽理論、後半は、20世紀の音楽や芸術についての手際のいい要約とも言える。冗談でなく、ノートを用意して、メモを取りながら見たほうがいい。私も久しぶりで学生に戻った気がした。
いずれにしろ、バーンスタインが言いたいのは、音楽が地球上のあらゆる人間にとって普遍的なものであるということだ。といっても、「音楽は人間共通の言葉」といった安っぽい感情論ではなく、科学的に裏付けながら証明しようというのだ。その執念たるや、尋常ではない。この論理的なしつこさこそが西洋である。
大きなテーマなのに、ろくにノートも見ずに堂々たる話しぶり。やはり教壇に立つ身としては、「うわあ、すげえや、この人」とすっかり兜を脱がされた。音楽的才能といい、頭のよさといい、人間的魅力といい、稀有などというありふれた言葉では足りないくらいすごい人である。これなら、バーンスタインのセミナーに出た若手音楽家たちがバーンスタイン信者になってしまうのも当然すぎるほど当然だろう。
全6回、どれも中身が濃いが、圧巻は最後のストラヴィンスキーの回。これを見ると、彼の創作もストラヴィンスキーの影響を受けていることがよくわかる。あの「ウェストサイド・ストーリー」でさえもだ。ついでに言うと、あのミュージカルがバーンスタインの理論や信念を音楽劇化したものだということもよくわかる。
密度の高さゆえ、全6回を見通すのは、はっきり言って、相当たいへんである。ワーグナーの「ニーベルングの指輪」を全部見るようなものだ。しかし、それだけに、バーンスタインの思いが語られる最後のシーンは、カタルシスにも似て感動的だ。まさにワーグナーの大作やバッハ「マタイ受難曲」を聴き終えたあとのような充実感がある。最初は、セット発売のあとで1枚ずつ分売される予定だったらしいが、止めたとのこと。それも当然だ。やはり全体を見たほうが、理解も感銘も深まるのは間違いない。演奏も収録されているが、講義の内容との兼ね合いもあって、ストラヴィンスキーの「オイディプス王」、アイヴズ「答のない質問」がことのほか印象的である。

(きょみつとし 音楽評論家、慶応大学教授)

 

 錯視日誌では、研究、教育、アート,その他のことについて、いろいろなことを書いています。数理視覚科学の研究から生まれた学術的な新しい錯視図形や錯視アートの新作も発表しています。もともとは文字列傾斜錯視日誌という名前で、文字列傾斜錯視自動生成アルゴリズム(新井・新井、特許取得、JST)による作品の発表を中心にしていましたが、文字列傾斜錯視以外の話題が多くなってきたので、名称を「錯視日誌」に変えま

『答えのない質問』
 何て面白く,意味ありげな言葉でしょう。チャールズ・アイヴスが1908年に作曲した5分程度の短い管弦楽曲のタイトルです。今回のブログはこの曲について書いてみたいと思います。
 どのような曲かは実際にCDなどで聴いていただくしかないのですが,次のような感覚を起こす管弦楽です(バーンスタイン指揮ニューヨーク・フィル(1964)のCDを聴きながら文字で表現したものです):

 濃紺と黒の間のかなり黒に近い方の色の空間が、時間とともに複数の層を変化させながら無限遠方まで拡がっています。まず太い垂直な棒状の明るい光が目の前に現れます。それが消えると続いて枯れた芝生をむしり取ったときのような数本の細い,やや黄土色の光が絡み合って現れます。それらが交互に繰り返され,最後には暗い空間だけが残って終わっていきます。

 この曲を初めて知ったのは1978年頃だったと思います。当時購入した冨田勲のアルバム「宇宙幻想」にシンセサイザー編曲版が収録されていました。それ以来,『答えのない質問』というタイトルは,その意味深長な響きのかっこよさもあって,ことあるごとに脳裏をよぎる言葉になりました。しかしアイヴズがこれにどういう意図を込めたのかを知るのは,後述するようにずっと後のことでした。
 楽曲そのものの方はというと,演奏会はおろか,なぜかオーケストラによる録音すらなかなか見つからず,じつは,しばらくオーケストラによるオリジナル版を聴くことはできませんでした。ようやく1990年頃になって,バーンスタイン指揮ニューヨークフィル演奏の1987/88年の録音が Deutsche Grammophon から発売され,それで初めてオーケストラのオリジナルを聴くことができました。

 それから十数年がたった 2005年。この曲に込められた意味を理解できる切っ掛けが訪れました。バーンスタインのあのハーバード大学での音楽論の連続講義 『The Unanswered Question』 (答えのない質問)のDVDが日本で発売され,入手できたのです。バーンスタインの伝記などで,こういう講義があったことは知っていましたが,まさかそれを視聴できる日が来るとは夢にも思っていませんでした。ディジタル技術の普及に感謝するばかりです。
 この連続講義は,彼が古典から現代までの音楽の発展のメカニズムを独特の視点から明らかにしようとしたものです。その5回目の講義で『答えのない質問』が取り上げられています。20世紀に無調性の音楽が出現する時代の切り替わりのところです。シェーンベルクとほぼ同時に独立に無調性の音楽を思いついたという流れで現れます。そこでバーンスタインはアイヴズが曲に付した短い序文を引用しています(脚注1参照)。これを聞いて「答えのない質問」とは何なのかが一瞬にしてわかったように思えました。

 どういうことかというと,ブログの最初に書いた曲から得られる個人的な視覚的感覚をベースにして,アイヴズの序文に勝手な個人的解釈を加えて述べると次のようなことです:

 曲が映し出してくる無限遠方まで続く黒い藍色の空間は,人が知ることも見ることも聞くこともできない何かです。最初に眼前に現れ繰り返し登場する太い光は,その存在を問う質問です。数本の絡み合う細い光は,人間たちが探究してはうるさく唱える答えです。それはせわしなく大きな音になっていくのですが,満足のいく解答にはなっていません。
 やがて人間たちは解答不能な質問そのものを無益なもの,あざけるべきものとさえ言うようになります。そして人間たちが答える音はいつしか途絶えます。最後に太い光はもう一度問いかけます。しかしもう応えはありません。そして曲の冒頭から不変に奏でられている「人が知ることも見ることも聞くこともできない何か」だけが,超越的に静かに流れ続けます

 ただしここで,アイヴズの言うドルイド教の祭司たちの沈黙はあえて曲解しました。そのためどことなくカントっぽくなってしまったかもしれません。なおバーンスタイン自身はもっと音楽学的な解釈を与えています。

 ところで,『答えのない質問』は演奏されることが少ないのか,残念ながらまだ生演奏を視聴したことはありません。実際のオーケストラ演奏も,いつの日にか聴いてみたいものです。CDをノイズキャンセレーションヘッドホンで聴くのとは違ったすごい音の世界が拡がるのでしょう。しかしその機会が訪れるまでは,録音の恩恵に頼らざるを得ません。今のところ私が入手している録音盤は次のものです。
 [1] バーンスタイン指揮,ニューヨークフィル,1964年録音,CBS SONY
 [2] バーンスタイン指揮,ボストン交響楽団,1973年(?),ハーバード大学講義 DVD に収録のもの
 [3] バーンスタイン指揮,ニューヨークフィル,1987/88録音,Deutsche Grammophon
 なぜかすべてバーンスタイン指揮のものです。

 この中では, [1] が一番気に入っています。[2] は講義の一環としての演奏のせいなのか,妙に説明的に一音一音ていねいに演奏されていて,わかりやすいのですが,あまり好みではありません。時間的に前後して現れる音が,それぞれ少し離れて聞こえてくるからかも知れません。(バーンスタインさんの意図を無視して,何と不遜なことを言ってしまっているのでしょう。) [3] は [2] に比べてゆっくりと楽しめるので良いのですが,塵一つ混ざっていないきれいな音がかえって耳に付くこともあります。それで,やはり [1] が私にとってはベストということになります。じつは [1] は最近入手したばかりです。今月発売された Leonard Bernstein Edition に含まれていました。このアルバムが今回,アイヴズについて書きたくなった発端の一つです。
 [1] にはアイヴズの他の曲も収録されており,Central Park in the Dark などもすばらしいものです。この曲の前半は,もしも耳から入ってくる外界のすべての音が脳で処理されはじめ,それを止められないようなことがあったときには,ヘッドホンで聴くとよいかもしれません。

他の書評は『私の名著発掘』へどうぞ
https://researchmap.jp/joqw0hldv-1782088/#_1782088

 


脚注1:バーンスタインの講義で紹介されたアイヴズの序文
The strings play pianissimo throughout with no change in tempo. They are to represent “The Scilences of the Druids – Who Know, See and Hear Nothing.” The trumpet intones “The Prennial Question of Existence”, and states it in the same tone of voice each time. But the hunt for the “Invisible Answer” undertaked by the flutes and other human beings 後略
(L. Bernstein, The Ununswered Question, Six Talks at Harvard, Harvard Univ. Press, 1976 (冊子)より引用)

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