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[157]201909.26~29日 ミクロネシア連邦 ポンペイ島パリキールPNI  

公開日: : 最終更新日:2019/10/17 海外観光

2019.09.26深夜ミクロネシア到着。 迎えがきていない。電話する。十分というが、20分経っても来ない。グーグルマップでは徒歩35分。歩いてもいいが、そうのこうのしていたら、やってきた。他の客もいたので、忘れていたのではなく、単に遅れたようだ。皮肉なもので、イキスペデアが感想を聞いてきた。正直に応えておいた。 夜中の十二時、チェックイン。どうも新館がオーバーブッキングらしい。わたしは安い休館。お湯のシャワーがない休館は他に客がいない。パスポートを見せろと言わないところが、不思議。なんとか部屋にはいれた。 帰りのナウル航空のフライト確認のため、敷地内のwifiの通じるところへ行く。ナウル航空のページで、PNRとTERAMAEを打ち込むと、予約は見当たらないとでる。一瞬あせる。今度はコピペでなく文字を打ち込み、Shuichi といれる。ちゃんと6Aが座席指定されていた。ようやく安眠できた。

https://photos.google.com/photo/AF1QipOcClRpEPcaRddQkicW-uOj1qsYTRVXbJeRoHqD

2019.09.27 ポンペイオの朝。ホテルオーナーがいた。話をする。島の時間賃金は1.75ドル。 トーストも同じねだんだった。最初だったので、フレンチトーストにしたら、二人前はある量だった。ここは西洋だと気がついた。オーナーとそのことを話していると、食べきれなければテイクアウトするといいという。どうもレストランは下請けがやっているみたいだ。料理が高いといっている。 観光の話になり、滝は見てもつまらないという。世界遺産はやはりきたからには見たほうがいいという。フロントの女性に車を頼んだというと、ナンマドールまで80ドルは高いという。交渉で60 になった。ネットではチャーター6500円だったから、そんなものか。ドライバーは行く前にスタンドに入り、点検。故障したみたい。大丈夫か。部品を買いに立ち寄る。世相がわかる。 運転手が運転中食事をするので、流石に注意。安全第一ハンドルは両手でというとわかったみたい。しかしなめられている。 スマホ用のバッテリーがチャージされていなかった。コンセントまで電気が来てなかったようだ。オーナーがホテルを売りたがるわけだ。島全体がメンテナンス不足で、道はデコボコ。ノロノロ運転。

https://photos.google.com/photo/AF1QipNKxYUWzm6pCnvgzX-GYUW70UoKeuECj4T7B1On

世界遺産のナンマドール

大騒ぎしている日本の世界遺産にもひけはとらないものだが、観光資源としては、素朴でいい。橋を渡って島らしきところに入り、おばさんに1ドル。私有地通行料金だ。次にまたおばあさんに3ドル。同じく通行料だ。遺跡の前にクリーク。ネットでは、ズボンの裾上げをして渡っていく光景があったが、竹で作った筏が用意されていた。お爺さんがいて5ドル。小一時間さんさくした。

ナンマドールの後、車の中で居眠りをして、ハッと気がつき、グーグルマップをみると島を一周する形で移動している。運転手と最初交渉した官庁街のバイキールにゆくようだ。バイキールでは中国の援助が垣間見えた。
ホテルに戻り、スマホが調子が悪いので、持たずに、歩数を数えながら近くを散歩。パンとコーラを買う。いずれも1ドル。
夜オーナーにご馳走になる。サイパンでも投資したことがあるようだ。サイパンの悲劇をある文化人類学者が書いていたが、オーナーの話では、サイパン人の対応にも問題があり、投資家が皆手を引いたようだ。食事の代金をレストランの職員がオーナーに請求にきていたから、やはり別会計なのだ。

2019.09.28   

https://photos.google.com/photo/AF1QipNK45sX7-cR7JvHJCXs414PG1rbIK_uxC_wDi1X

朝早起きして空港まで歩いてみることにした。しかし、途中まで行き、ひきかえした。夜空港に歩いて行くと犬に吠えられる可能性があるかもしれないので、ホテルに送ってもらうことを考えた。
ポンペイオにいる間中、携帯の調子が悪い。自分のマシンのせいだと思い、この先の対策をかんがえていた。また、インストールしなければならないのかと思うとなんとなく気が重かった。しかし28日午後に、電源を落として再起動させるとFSMのサインが現れた。どうもこちらの電話局の原因らしい。パケホーダイの数時間分をかえしてもらいたい。やれやれ。
一万歩のため汗だくであるく。道端の売店でパンとコーラ、全て一ドル見当だから、日本と一緒。パンはボリュームがあるから割安か。ホテルのコーヒーは二ドル弱。
午後から何度も激しい雨。朝散歩しておいてよかった。
29日のフライトは五時。あまりお客をかんがえてはいない時間だが、しかたがない。二時半に送ってもらうことにした。歩いても行ける距離だが、深夜は犬に吠えられるのがかなわない。噛まれでもしたら大変なので、送ってもらうことにした。カードもつかえるのだか、機械が不具合のようで、予定通り現金払い。
ポンペイオでは、ホテル約110ドル、タクシーチャーター60ドル、出国税20ドル、その他15ドル しか使わなかった。

ミクロネシア連邦は、太平洋のミクロネシア地域に位置するオセアニアの国家。マリアナ諸島の南東、パラオの東、マーシャル諸島の西、パプアニューギニアの北ないし北東にある。地理的には、カロリン諸島と呼ばれる。首都は、ポンペイ島のパリキールである。

「サイパンの悲劇」 日本人観光客の激減 45万が15万に ネオコロニアリズム 外国資本(日米)と外国人労働者(フィリピン)による無国籍的リゾート

1947年、国際連合はミクロネシア地域を6つの地区(ポンペイ(旧称ポナペ)、コスラエ(旧称クサイエ島。当時は、ポンペイの一部とされていた。)、チューク(旧称トラック)、ヤップ、パラオ、マーシャル諸島、マリアナ諸島北部)に分け、アメリカ合衆国を受任国とする太平洋諸島信託統治領とした。

1965年アメリカはミクロネシア議会の発足に合意、1970年代後半より自治独立の交渉が始まった。1978年7月、ミクロネシア憲法が起草され、信託統治領下の6つの地域のうち、マーシャル諸島とパラオでは住民投票で否決されたものの、残りのトラック(現在のチューク)、ヤップ、ポナペ(現在のポンペイ)およびクサイエ島(現在のコスラエ)の4地域では可決した。このため、ポンペイ、チューク、ヤップ、コスラエの4地区が「ミクロネシア連邦」を構成する州となり、ミクロネシア連邦(FSM)憲法の下で連邦制をとることが決定し、国連はこれを認めた。

7月から10月にかけての台風の発生地域であるが、大きく発達して接近することは少ないので甚大な被害は稀である

1922年に南洋庁支庁の設置により、日本からの移民も多数ポンペイに入植し、1945年の終戦時点では13,000人を超す日本人が居住していた。これはパラオ、サイパンに次ぐ三番目の規模である。

宿泊予定のホテルの動画 サウスパークホテル。ポンペイ発は左側窓側確保したので、ソーケスマウンティンは見ることができるであろう。



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