はじめに 人流・観光論の基本的視座
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最終更新日:2023/05/20
人流 観光 ツーリズム ツーリスト
観光学研究、特に観光政策学研究において、何のために「観光」を論じるのかを考えると、「観光」と「観光以外のもの」の違いが何にあるのかを考えざるを得なくなる。その結果字句「観光」概念の使用に限界を感じ、字句「人流」を提唱している。字句「観光」のかわりに字句「ツーリズム」を字句「tourism」と同義に用いる考え方もあるが、本質的な解決にならないことは、「「観光」の誕生から「人流」の提唱」(帝京平成大学紀要第26巻第2号、pp287-299 2015年3月)でも論じたとおりである。
字句「人流」の使用例は、法務省入国管理局編集協力のもとに(財)入管協会が、1987年6月から出入国管理統計及び在留外国人統計に着目した『国際人流』という月刊誌を発行し始めたときまでは遡って確認できる。1994年度運輸白書においても「国際人流に関わる諸問題」として入国管理局と同じ概念を用いて記述している。研究者の間でも「国際人流の時代「じゃぱゆきさん」の時代」 村井 吉敬著『講座東南アジア学10 東南アジアと日本』弘文堂1991年、『岩波講座近代日本と植民地5 膨張する帝国の人流』岩波書店1993年等に使用されている。移動する動機付けを問わない概念であるから観光も含まれるはずであるが、人の移動が定住地から離れざるを得ない理由によるものが主流であるところから、研究者が使用する場合には概してネガティヴな文脈のなかで使用されている。これらの過去の使用例は、保管等を含む物流概念に対比する意味での、宿泊等を含めた人流(Human Logistics)概念にまでの広がりはみられない。
人を移動させる動機付けに限定しない人流概念を論じると、20世紀に発生した戦争に関わる歴史認識問題が避けられなくなる。むしろ、先行研究は歴史問題、政治問題を中心として人流を論じている。その一方で、観光としての歴史認識に踏み込んだ先行研究は、高媛「観光の政治学 戦前・戦後における日本人の「満州」観光」(2004年度東京大学人文社会系研究科博士論文)、李良姫「植民地朝鮮における朝鮮総督府の観光政策」(『北東アジア研究』(13), 149-167, 2007-03)等が存在するが、歴史認識問題等に踏み込みすぎると観光学としての論じ方の共通性が見いだせなくなってしまう。
ユネスコに対する端島(軍艦島)の世界遺産登録、「南京大虐殺」、「慰安婦」の記憶遺産登録をめぐり、日本と中国、韓国の間で外交問題に発展した。いずれも歴史認識問題から発している。記憶遺産は歴史的出来事を検証・顕彰できる一次記録物が対象であり、記録遺産とする方が正確であるが、記憶遺産として人を移動させるまでの力を示すイメージの方がわかりやすい。当時の日記や写真、映画フィルム、旧日本軍の戦争犯罪を裁いた南京軍事法廷の記録文書などとされるから、博物館等に収蔵され、展示されることとなる。結果において観光資源として活用されることになる。「記憶」刺激の強弱はメディアへの露出性で決まるから、外交問題になればなるほど刺激性が増すというパラドックスを抱えることになる。
「人を移動させてまで見に行かせる力を分析するという視点」は、歴史的事実の評価とは別の形で、映像化、ドラマ化し、移動の刺激を生じさせ、人々の観光記憶資源となる。「カサブランカ」「戦場にかける橋」等世界的に名画と認識されているものは、フィクション、ノンフィクションを織り交ぜて制作されているが、多くの映画ファンに支持され、その使用された材料は、人を移動させる観光資源として活用されている。この人を移動させる力の測定は、訪問客数、支払額等もあるが、メディアによる登場回数も客観的なものと認識できるであろう。新聞であれば、朝日新聞の記事検索システムによりヒット数が把握でき、インターネットであれば、Google等の検索数により把握できる。本稿は、観光学研究として、歴史認識の違いを問題にするのではなく、人を移動させる力に着目して分析する立場で歴史認識論議を深められないかというのが趣旨である。
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