動画で考える人流観光学講義(開志) 観光情報 2023.12.18
公開日:
:
最終更新日:2023/12/17
動画で考える人流観光学
前回の宿題 移動情報への着目が重要
教科書図
第2編 位置情報の把握と人流・観光事業の創造
1 位置情報システムの進展
観光統計は交通統計を基にした静的な統計が中心である。主要観光地の入込統計も観光施設ごとの入
場者数や宿泊施設の利用者数であり、入込客の動態的把握は行われず、科学的な観光政策を樹立するには困難であった。
2007年警察庁は携帯電話の位置情報システムを発表した。コミュニケーション概念は元来交通と通信
の両者を含む概念であったが、その後トランスポーテ―ション概念が分離していった。しかし再び人の移動と情報の移動がGPSの活用によりシンクロするようになった。携帯文化の進展である。我が国の携帯文化はドコモのi-modeまでは世界の先端を走り、次のツールにデジカメが選択された。字句「盗撮」が登場したくらいであるから営業戦略としては誤りではなかったが、スマホへの位置情報の標準装備はその次になった。位置情報により世界はカーナビを超えてマンナビの時代に突入していった。付近の情報が飛び込んでくるアプリが街々の無料Wi-Fiとともに普及していった。
先進国も発展途上国も区別なく、人流情報がスマホを通じて飛び込んでくる時代である。Uberや
Airbnbの登場は時間の問題であった。このカーシェアやルームシェアの発想自体は、省エネ、低公害の社会的要求にマッチしたものであった。シェアリング論議の行き着くところが自動運転車であるのも当然のことなのである。
2 カーナビからマンナビ、そしてニーズ把握の先回りへ
旅行の主な移動手段は自動車であり、観光情報提供に対するニーズが飛躍的に増大したのは、車の値
段に比べて比較的低額であったカーナビの発達にある。しかし観光情報に対するニーズは単なる旅行情報に留まるものではなく、マンナビの登場が期待されたのである。
マンナビの実用化はスマートフォンの普及にある。GPSやWi-Fiが整備され、利用者の位置のリアル
タイムでの把握が可能となり、また外国語情報へのリアルタイムでの変換も可能となり、観光情報の提供はスマホを中心に大きく変貌を遂げている。観光アプリも情報爆発といわれるくらいあふれ返っている。これからは、利用者のニーズを先回りして提供出来るものが生き残ってゆくはずである。そのため、Google等人流ビッグデータの収集に着目したビジネスモデルが発生している。
都名所図会は江戸時代に大成功を収めたガイドブックである。川柳「ほう杖で路銀いらずの名所図会」にある通り、擬似的な旅をするための書物としても楽しまれもした。スマホの出現までこの基本は変化していなかったが、位置情報、地図情報を搭載したスマホ、アプリの登場は、在来型の観光ガイドブックにとって代わっている。
精度が1%向上すれば、Google、Facebookでは、売上が数百億円増加するビジネスモデルを採用しているとされるから、ますます精度向上のため無料アプリの提供によりビッグデータの情報収集に努める。既存の観光ガイドブックがGoogleに代表される無償ビジネスモデルの中に吸収されてゆく。
先回りの発想は、観光情報システムの在り方を大きく変化させる。情報提供システムではなく、デー
タギャザリング及びデータ活用システムに代わり、観光客に留まらず人間行動の予測にウェイトを移す。そこでは脳科学の知見が求められるのである。
教科書図
3 人流・観光関連ビジネスモデルの変化
3-1 旅客市場のシェアリング・エコノミー論
1970年代半ばまで、物流はB2B(Business to Business)のものと認識されていた。その後、宅急便の登場により、小量物品輸送分野がB2C(Business to Consumer)、P2P(Peer to Peer)市場の消費者物流として脚光を浴びることとなった。インターネット、スマホ・アプリの活用により、このB2C、P2P市場をAmazonが世界市場に成長させている。
これに対し旅行は当初からB2Cとして認識されてきた。ここにスマホ・アプリ等を活用するプラット
フォーム業者によるB2C、P2Pのビジネスモデルが登場した。このB2C、P2Pのビジネスモデルモデルは、個々人が財・サービスを共有するという意味でシェアリング・エコノミーと認識されている。
このプラットフォームに登録している運転手と乗りたい乗客をアプリでマッチングさせるライドシェ
アサービスは米国からスタートし、英国、中国等と普及し、流し営業のタクシーをしのぐ規模に成長している。
1970年代、個建運賃制を基本とする宅急便の登場時に、公式に認可された従来からの対キロ従量制運
賃を前提とする既存トラック事業者からの反発があった。現在は、人流市場におけるライドシェアやルームシェアに対する既存事業者からの反発が出ている。
3-2 ライドシェア等が受け入れられてゆく背景
交通需要は地域、季節、時間帯等により波動性、変動性があり、雨が降ればタクシーは捕まえにくくなる。高齢者には都会の住宅街でも、メイン道路に面していなければタクシーは拾えない。あらゆる需要を予測して供給力を確実に確保させることは、現在の技術では困難である。ましてや、海外からの観光需要の比率が高まればなおさらである。
ライドシェア論が受け入れられていった背景にも、大都市の旅客市場の需給バランスが崩れていたことが挙げられる。特にロンドン、ニューヨーク、中国の大都市では、流し行為を行うタクシー供給が不足し、利用者に不満が高じていた。このことは、二十世紀末の日本経済がバブル期、夕刻以降の東京都心でタクシーを捕まえることがいかに困難であったかを思い起こせば、容易に理解出来る。これらの不満に簡便に対応出来る機器としてスマホが登場し、利用者の要望に対応した間際予約を可能とする各種アプリが普及した。
スマホ及びクラウドの情報処理能力が急激に向上し、コストが急激に低減した。ユーザーはアプリをダウンロードしてアプリを開き、画面の地図上に希望場所を指定すれば、クルマがやってくる(オンデマンド配車)。支払いは事前に登録した情報で行なえるなど利便性が劇的に向上した。
しかもなお、そのスマホを活用した新サービスに素早く対応することの出来る、政治・行政システムが、ロンドン、ニューヨークといった大都市には備わっていた。ロンドン、ニューヨーク等が都市の評価を訪問客数で競い合う時代である。地域運輸行政は自治体の権限であり、素早い対応を取らなければ、市長の評価に関わるようになってきたのであった。
世界戦略を選好する配車アプリ企業が参入してきたこともシェアリング・エコノミー論を拡大した。
配車アプリ企業は、巨大な旅客・人流データを把握することにより、旅客・人流の需要と供給のマッチングのためのアルゴリズムの性能向上をもくろんでいる。きめ細かに、地域、季節、時間帯等に応じて配車し、しかも、先回りして利用者ニーズに対応しようと考えている。投資家も十分にその価値を認識してこれらの企業への巨額の投資を行っている。
3-3 ブロックチェーンの考え方
バッテリーのオーナーを通して、蓄電池の容量をシェアしあうという実証実験が行われた。車のオー
ナー、部屋のオーナーを通して、利用状態をシェアしあうという考え方に共通する。その先には仮想通貨(暗号通貨)が発想される。
ブロックチェーンとは「信頼出来る人を決めなくても一度行った取引の改竄の難しさを保証出来る分
散型システム」と考えられている。もともとブロックチェーン技術が生まれたのは政情が不安な東欧であり、自国政府よりもこうした技術の方が信頼出来ると考えた。
ここで注意しておかなければならないのは、取引の信頼性であって、個人や企業の信用を保証するわけではない。一度も会ったことのない人と、仮想通貨であれば通貨という価値を、電気であれば電気という価値のあるものをやり取り出来る、ブロックチェーンの特徴はここにある。
自動運転になると、停止状態はもったいないから必要な人のところに走らせられ、効率的になる。効率的になるので必要とされる台数も減ると考えるのである。
3-4 シームレスな人流・観光産業の発想
3-4-1 有償・無償判断の相対化
経済規制を行っていない旅館業法の下では、宿泊費の判断は時代により変化する。有料のテレビは無料とされ、朝食も注文の有無にかかわらず無料のものも増加している。送迎については、最寄りの駅、空港はもとより、周辺観光地巡りまで無料のものがある。費用は宿泊費等で回収しているはずである。最終的には自宅までの無料送迎サービスも考えられ、他の観光地との競争の武器になる。そうなれば高速道路料金の無料化の要求も強くなるかもしれない。
宿泊施設に限定されず、移動空間も無償送迎車・フリーライドが一般化する可能性が出てきている。これまでは、公営ギャンブル場、宿泊施設、医療施設等が提供するものが存在したが、特定の施設に限定されないものが出現している。広告の世界でフリーペーパーが一般化したようなものである。
フリーミアム(Freemium)とは、基本的なサービスや製品を無料で提供し、更に高度な機能や特別な機能について料金を課金する仕組みのビジネスモデルである。無料サービスや無料製品の提供コストが非常に小さい、あるいは無視出来るため、Webサービスや、ソフトウェア、コンテンツのような無形のデジタル提供物との親和性が非常に高い。
人流の場合は人流情報そのものに経済価値を見出し、運送行為は無償提供するビジネスモデルである。規模が大きければ大きいほど価値が出るから、世界戦略を
必要とするのである。
3-3-2 SCW概念、DCM概念と人流
物流概念はSCM(サプライ・チェーン・マネジメント)を基本とする。物の生産は注文を受けてから生産を開始すれば無駄がないが、それでは利用者ニーズに対応できないことから、見込み生産が行われる。そのため、在庫コストを出来るだけ少なくするSCM概念が発生したが、DCM(デマンド・チェーン・マネジメント)が理想である。しかし、それには3Dプリンターの実現まで待たなければならないであろう。
人流もDCMが理想であるが、現実には定時定路線運行の公共交通が基本になっている。しかしそれでは満足できないからマイカーが選好されるのである。今後の自動運転技術等の進展如何では、DCMが可能となる。
SCMもDCMも国際規模で構成される時代であり、COVID-19等の影響も国際規模で同時に受ける時代であるが、Webのネットワークは影響を受けなかった。休校になり、オンラインラーニングが推奨された。SCMもDCMもWebを前提とするから、その状況に応じた対応は出来るのである。
3-3-3 プラットフォームの登場
アプリによる配車事業者はプラットフォーム事業であり、運送事業ではないと主張する。歴史的には、運送人であるか否かも社会背景から判断されてきた。シェアリング・エコノミーとも呼ばれるこれらオンデマンド企業のビジネスは、個人との契約モデル、つまり個人が自分で働く時間を決め、少なくとも表面上は事業主として働くというモデルに依存している。物流の世界では、物流全体をコントロールする立場にいるものは、荷主に対する現実の責任を負わざるを得ないから、最終的には運送契約として考えるのか否かは本質的なことにならない。ところが人流の世界では、利用者が個々人であることが大半であり、運送契約という枠組みの中での利用者保護が議論となりやすい。従ってプラットフォーム事業者が運送契約性を否定する。そのため実利用者は直接の問題を実運転者に投げかけてくるから、社会問題化してしまうのである。自動運転車が登場すれば、この実運転者概念は消滅する。
旅行業法十三条は、禁止行為として旅行業者は「旅行業務に関し取引をした者に対し、その取引に関
する重要な事項について、故意に事実を告げず、または不実のことを告げる行為」及び「その取引によって生じた債務の履行を不当に遅延する行為」と規定する。巨大な旅行業者がその支配力を行使して、運送機関、宿泊機関等との取引を行うようなことを想定している。プラットフォーム事業も、シェアリング・エコノミーが浸透してゆけば、旅行業法十三条に該当する思想が求められるようになるであろう。
4 公共交通、観光と配車アプリ
4-1 公共交通に対する考え方
英米と日本の地域公共交通の考え方に大きな違いが二つある。一つは、英米は行政権限を国ではなく
自治体が行使することである。もう一つは、公共交通概念の違いである(図6-2)。米英の考え方では、貸切運送であるタクシーや貸切バスはコモンキャリアと認識されなかった。かろうじて公共空間である道路において乗客を乗せる「流し行為(street hiring, street hail)」は、公共交通に準じた扱いを受けていたのである。逆に流し行為を行わない車庫待ち形態のものは、自家用運送の分類(ロンドンではPHV(Private Hired Vehicle))として、タクシー規制の対象ではなかった。そのため配車アプリの登場により、流し営業と車庫待ち営業の機能の差がなくなり、社会問題化したのである。
*流し行為でなければ、二種運転免許も不要ではないか
これに対して日本では貸切運送も乗合運送も有償であれば「営業運送」に分類され、それ以外はすべ
て自家用運送に分類されている。今後展開される自動運転車のアルゴリズム作成においても、この一般公衆が利用する道路使用においてコモンキャリアを優先する思想は重要な役割を果たすはずである。会社と専属契約をしているハイヤー等が乗車人員の多い自家用車よりも優先するようなアルゴリズムが社会の支持を受けるはずがない。
道路運送法では、乗合バスには運送引受義務が課されているから、乗車拒否問題が発生する。貸切バ
スには運送引受義務はないが、タクシーにはある。タクシーも貸切運送であるが、流し営業をしているからである。では流し営業をしていないタクシー(車庫待ち営業)は、運送引受義務は不要ではないかという議論になる。貸切バスも乗合形態のもの(乗合タクシー)は運送引受義務のあるほうがバランスは取れる。制度設計のほころびが少し出ているのである。
米英をはじめ諸外国では、車庫待ち営業は、電話や無線での配車によるところから運転手の身元も明
確であり、また料金等を巡っての取引の余地が大きく、その分行政の関与の必要性が低いと認識されている。
4-2 日本で配車アプリの普及が進まない理由
配車アプリの特徴には、キャッシュレス、定額運賃、ライドシェア等が挙げられるが、いずれの項目も日本では進展していない。特にライドシェアはその概念も不明確であり、流し営業と車庫待ち営業が混在化している日本では、ライドシェアが自家用車の違法営業という誤解もあるのか、米国、中国等の各都市ほど配車アプリは普及していない。
しかしながら、訪日外国人旅行者の需要に合わせて海外からの配車アプリが進出してきており、それに合わせて我が国の配車アプリの試みも始まってきている。
5 自動運転車の人流へ与える影響
5-1 鉄道運送発展の歴史
鉄道発展の歴史は、自動運転車の導入に参考になる。今日、鉄道は経営的にも技術的にも一体的システムとして総体的に捉えられているが、発展過程を調べればむしろ運搬具と通路は個別的なものとして取り扱うことからスタートしている。自動車・道路システムは運搬具と通路の分離を前提としているが、路面電車、トロリーバスが使用する施設は道路概念に包摂される。今日、通信技術の高度化は、架線、軌条を用いなくても車のガイド性の確保を可能とするから、自動運転車・道路システムと鉄道システムは共通の思想の元に論じることが出来るようになってきている。
5-2 人流概念の促進と3PHL
5-2-1 自動運転車によるシームレス化
目的地までドアーツードアのシームレスな移動サービスを提供する自動運転車の普及は、交通事故問題の解決に留まらず、自動車空間が、居住空間にもなり作業空間にもなるから、人の動き方、暮らし方に大きな影響をもたらす。夜間寝ている間の移動をスムーズにすることから、ビジネスホテル等の必要性を低下させる。通勤・通学概念も変化させるから、社会施設等の立地にも影響してくる。まさに住と宿の相対化どころか、違いがなくなってくるのである。
5-2-2 3PHL・サブスクリプションとベーシックインカムが可能とする共生社会
総合生活移動産業は、ビッグデータの取得・分析による人の移動予測が可能となることから発想された。物流でいえば、「サードパーティ・ロジスティックス(3PL)」である。この物流に相当するものとして人流概念が提唱され、総合生活移動産業は「サードパーティ・ヒューマン・ロジスティックス(3PHL)」と位置付けられる。
国土が広く航空輸送が発達している米国では定額乗り放題航空サービスが提供されている。需要規模の大きいニューヨークでは月額定額制宿泊サービスが提供されている。ヘルシンキでは、電車・バス・タクシーなどの複数の交通手段を月額固定制で利用出来るシステムが開始されている。
運送に限らず、宿泊、居住、飲食、衣料等日常生活に必要なサービスがサブスクリプション(定額サービス)で提供される社会になれば、定額の所得を保障するベーシックインカム(最低限所得保障の一種で、政府がすべての国民に対して最低限の生活を送るのに必要とされている額の現金を定期的に支給するという政策)と組み合わせることにより、経済的に保証された民間活力利用型の共生社会を実現出来ることになる(第5編参照)。
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