*

天保の改革「人返しの法」 江戸の人口を減少させ地方の農村部の人口を確保することを目的に発令された法

公開日: : 最終更新日:2023/05/27 人口、地域、

人返しの法(ひとがえしのほう)は、江戸時代の天保の改革において、江戸の人口を減少させ地方の農村部の人口を確保することを目的に発令された法人返し令(人返令)とも称される。

前史

松平定信が寛政の改革において、この人返しの法と似た法令である旧里帰農令を発令した。こちらは離村して、江戸に流れてきた地方の農民たちに元の村々へ帰ることを勧め、そのための旅費・食費を幕府が交付する、というものだった。しかし、この法令には強制力がなく、また費用の交付も十分では無かったため、ほとんど効果がなかった。

天保12年(1841年)、大御所家斉が死去すると、忠邦は改革派の勢力をつくり、相次いで家斉の寵臣を粛清。遠山景元鳥居耀蔵といった人材を登用し、天保の改革をスタートさせた。天保13年(1842年)8月、忠邦は町奉行に対し強制的な帰村を命じる政策について評議させたが、慣れ親しんだ江戸での生活から無理矢理引き剥がして帰村させるのは現実的では無いと回答して、強制帰村の政策に反対した。翌年の再評議においても意見の大筋は同様で、帰村を強制するよりもまずは人別改を強化した方が良いとの回答があった。これを受けて天保14年(1843年)、人返しの法が発令された。主な内容は、

  1. 新規に在方の農民が江戸の人別帳に入ることを禁止。
  2. 出稼ぎなどで短期間江戸に居住する場合は、村役人連印の願書に必ず領主の押印がある免許状を必要として、これが無い者には江戸で住居を貸す・奉公させることを禁止、そしてまた出稼ぎの者を江戸の人別帳に登録することも禁止とした。

この人別改の強化で江戸の人口増加を防ぐ狙いがあったが、その効果については疑問視されている。

 

https://youtu.be/qnDfvYSJfL0?list=TLPQMTYxMDIwMjGUnZn3sBJ1pg

 

関連記事

no image

満州の中国化 中国東北部の民族構成の歴史的推移

高媛氏の『観光の政治学』の主要テーマがホスト(中国人)、代理ホスト(在満日本人)、ゲスト(外国人)が

記事を読む

no image

『不平等生成メカニズムの解明』「移民はどのようにして成功するのか」竹中歩・石田賢示・中室牧子

「移民はどのようにして成功するのか」竹中歩・石田賢示・中室牧子『不平等生成メカニズムの解明』ミネルバ

記事を読む

no image

コロナとハワイ

https://wedge.ismedia.jp/articles/-/19973?page=2

記事を読む

no image

観光フィールド大学加賀市丸ごとキャンパス参加の東京大学女子学生からの提言

父親の49日のため故郷に帰省した。久しぶりに、父親の「両忘」を取りに自宅に立ち寄ったところ、市長時代

記事を読む

no image

満州事変(1931年)前の訪日中国人の割合は現在のインバウンド政策時代の割合と変わらない

戦前鉄道省に国際観光局ができる前年の1929年の外客数は34755人であり、うち中華人16300

記事を読む

no image

「第3章 流入する他所者と飯盛女」武林弘恵著『旅と交流に見る近世社会』清文堂

旅と交流にみる近世社会 高橋陽一 編著    

記事を読む

no image

中国の観光アウトバウンド政策 公研No.675 pp45-46

倉田徹立教大学法学部教授 1997年にアジア通貨危機、2003年にSARS流行発生時、香港経

記事を読む

no image

世界の運営を米国でなく中露に任せる 2023年6月7日  田中 宇

https://tanakanews.com/230607armenia.htm 5月25日、

記事を読む

no image

日経の記事「東京郊外への移住じわり」

これに対するコメントの紹介 データを扱うのであれば正確にお願いしたい。東京一

記事を読む

no image

白バスと白タク論議の峻別

現在の道路運送(昭和26年)が制定されるひとつ前に、昭和22年道路運送法があり、更にその前には自動車

記事を読む

PAGE TOP ↑