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タスキギー梅毒実験 1972年までこんなことを米国はやっていたのだ

QUORAの記事

歴史上、もっとも歪んだ科学の実験は何でしょうか?

もっとも歪んだかどうかは知りませんが、私の記憶に残ったのは「タスキギー梅毒実験」ですね。

1932年~1972年にかけて米政府がアラバマ州の黒人小作農民に「梅毒の治療を無料で行う」と嘘を吐き、詳しく全く治療が施されていない399名の黒人男性の梅毒病状進行の記録が作られた事件でした。

28名が梅毒より直接死亡、100名が梅毒関連病状により死亡、40名の妻帯者の妻が感染、及び19名の患者の子供が先天性梅毒に感染して生まれました。

米国史上最悪の医療実験と呼ばれていて、現代にも続く多くの米国黒人の「医療への不信感」の原因の元と言われています。

1928年「オスロ無治療梅毒の病状進行」と言う論文が発表され、世界的な反響を生みました。その論文では数百人の以前より梅毒を患っていた患者の病状を調査した物であり、詳しく世界的な問題であった梅毒の病状進行が詳しく理解を得られた物でした。

この研究に影響を受け、白人男性の病状のみに注目した「オスロ研究」は米国の黒人と同様のものかどうかと言う疑問がアメリカ公衆衛生局(USPHS)の局長タリアフェロ・クラーク氏に沸いた。

黒人にとっては病状進行の速度や病状が白人と異なる場合は治療法を改良されるべきであると言う視点でクラーク氏は「黒人における梅毒の病状進行」の研究を行う目的で研究を行う指示を出した。(この時期、一般的に梅毒は白人では神経性の症状、黒人には心肺機能への症状を及ぼすと言われていたが、裏付けるデータが無かった)。


当初の計画

クラーク局長命令で「黒人に対する梅毒の効果」の研究の準備が進められ、公衆衛生局は黒人の治療の為であると言う事で黒人大学の名門、タスキーギー大学の助けを得られ、合同研究と言う名目で行われましたが主に公衆衛生局の管理下で研究は進められました(当時、米国の黒人は普通の大学に通う事は大方許されず、黒人専用の大学が存在した)。

当初の計画としては梅毒に感染した黒人を1年間病状進行を見て、その期間の終わりに梅毒感染者の参加者全員に梅毒治療を行うと言う考えであった。

しかし、研究費の寄付を約束していたローゼンウオール・ファンドが寄付を取り下げた事により、数百人の梅毒感染者の治療は予算不足であると言う問題が起こった。

クラーク局長は「治療を行わずに研究を行う」と言う事を選択した。


参加者への嘘

貧乏な黒人梅毒感染者が多いと言う理由でアラバマ州の郊外のマコン市の小作農労働者が良いと判断され、そこで501人の黒人男性が研究対象として選ばれた。399人の梅毒感染者と101人の健康な黒人男性がコントロール群として選ばれた。

研究対象者には嘘が並べられて研究に参加するように誘導された。

研究に参加した人物には定期的な健康診断とテストと引き換えに無料の治療と埋葬保険を貰えると宣伝した。なお、梅毒感染者の参加者には患者が梅毒に感染していて、妻帯者には性交を通して妻に感染させるリスクや、子供への先天性梅毒の感染のリスク等の説明は一切行われなかった。

なお、とても痛みの伴う定期的な脊椎穿刺を通して病気の進行が見られていたが、それらは「必要な治療」と偽って行われていて、検査にこなかった研究退所者には「最後通知:必要な無料治療の期限切れ間もなく」等と書いた通知を使って検査に来るように脅迫じみた方法も取られた。

(脊椎穿刺)

クラーク局長は1年間の研究が終わる前に別の職へと転じられたが、研究は続けられた。そして、研究の責任者となったオリバー・C・ウェンジャー氏は「1年間の期間の延長」と取り決め、研究は「無期限」に続けられる事となった。

無論、研究対象者達は梅毒感染者である事は伝えられなかった。


米国医学史の汚点

この研究は秘密に行われていた訳では無く、1932年と1936年に医学ジャーナルに公的に研究結果が発表されているし、公文書として研究の仔細はアメリカ公衆衛生局に研究ファイルが毎年足されて行った。

研究に対する倫理的な問題は更に加速して行った。

1941年末、第二次世界大戦が始まった事で大規模な徴兵が行われ、タスキーギー梅毒研究対象者の多くも徴兵対象とされた。梅毒感染者256名が徴兵対象となり、身体診察中に梅毒感染者であると発見され、「梅毒治療へ回して回復してから徴兵対象とする」と通常通り予定された。

しかし、当時の研究者の一人であったレイモンド・ヴォンデレアーとムレー・スミスが米国政府に働きかけ

~~~~~~~~~~

この研究は多大な科学的重要性があり、医学研究史の中で大規模なこの様な研究を行う最後の機会かも知れない。 … この研究対象者達が「徴兵対象:治療必要」のリストより外される事を強く願う。… そうでなければ研究が続けられません。[1]

~~~~~~~~~~

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と強く研究対象者達の治療に反対し、その意見は受け容れられ、治療は行われなかった。

ヴォンデレアー等は明確に研究対象者達が治療を得られない様に意図的に妨害していた事を明確にする文書は多く残される。例えば、当初梅毒感染をしていなかったコントロール群が以後梅毒感染した場合についてのやり取りが残される:

~~~~~~~~~~

スミス:現在、我々は(研究対象者の)梅毒感染者は治療を受けられない様にしています。もし、コントロール群で新しく梅毒感染者となった人物がいたら、それは研究対象者としての価値はありますか?彼らも梅毒治療を受けられない様にするべきでしょうか?

ヴォンデレアー:彼らは研究対象者としての価値は失った。これらの患者の治療を受けられない様に妨害する意味は私には思いつかない。でも、研究の最高責任者のドクター・オースチン・V・ダイバーが違う意見を持っていれば、その限りでは無い。[2]

~~~~~~~~~~

1947年にはペニシリンが一般的に低価格で使える様になり、ペニシリンが梅毒に有効である事が発見され、米政府は全国的に梅毒治療を行う政策を勧め、多くの人が無料でペニシリンによる梅毒治療を受けられた。

しかし、マコンで梅毒治療が行われる事になったら、タスキーギー研究者たちは研究対象の梅毒感染者は治療を受けられない様に指示を出した。

タスキーギー研究は続けられ、1972年まで続けられていた。


研究の発覚、スキャンダル

1965年、米公衆衛生局に27歳の新米疫学者が雇われ、性病治療部に配属された。ピーター・バクストンと言う男だった。

直接タスキーギー実験にバクストン氏は関わった事が無かったが、同僚よりその研究の内容を聞き、ショックを受けた。以後、バクストン氏は「私は信じたく無かった。だって、ここは公衆衛生局ですよ?そんな事がここで行われているわけが無いと思いました」と語った。

1966年11月、バクストン氏は公式な倫理的苦情を提出したが、研究は終わっていないと却下された。1968年11月、キング牧師の暗殺と大規模な人種差別反対デモ・暴動の後、再び倫理的苦情を提出し、この研究が発覚したら政治的に大問題になると主張したが、医学的に無意味な理由として却下された。

バクストン氏はアソシエーテド・プレス(AP)の新聞記者のジーン・ヘラー氏に情報を提供し、1972年7月25日にワシントン・スターの一面を飾り、翌日にはニューヨークタイムズを始めとする全国的に新聞の一面となるニュースとなった。米議会は即座に議会調査委員会を作り、関係者は尋問を受ける為に上院議会に呼び出された。

間もなくして、40年以上続いたタスキーギー実験は打ち切られた。

(当時の風刺画:(秘密タスキーギー実験:解剖タダ、埋葬タダ、$100ボーナス))


スキャンダルと法改革

タスキーギー実験は上院議会の調査委員会の調査対象となり、その実験が行われた経由と結果等の全貌が調査対象となった。

CDCと米公衆衛生局はタスキーギー実験の倫理的判断に関する第3者委員会を作り、その実験の行われた方法と成果を評価する事を求めた。

委員会の判断では

1)実験の参加者にはその実験の内容、選ばれた理由、そして参加するメリットや危険等の説明を受けておらず、情報に基づく合意が得られていなかったとした。

2)実験は極めて参加者やその家族に危険を含んだ。

3)実験の成果は全くその実験者やその家族へのリスクに釣り合わない内容であった。

と全面的に実験を否定し、即座に実験が打ち切られる事を勧めた。CDCと米公衆衛生局は即座に実験を打ち切った。

1974年には米議会は「米国研究法」を立法し、人間が参加する科学・医療研究において行わなければならないガイドラインを設定し、「Informed Consent」(情報に基づく合意)を得られなければ実験対象としてはならないと言う原則が法的な義務となった。


結果とその後

しかし、タスキーギー実験の被害者に取っては遅すぎる措置であった。

399人の感染者の内の28名が梅毒より直接死亡、100名が梅毒関連病状により死亡、40名の妻帯者の妻が感染、及び19名の患者の子供が先天性梅毒に感染して生まれました。なお、生存者も脳や神経に異常を患った患者も少なく無かった。

それもペニシリンと言う単純な梅毒の治療法が一般的となって25年も経ってからからであった。

全米黒人地位向上協会(NAACP)は実験被害者を代表して「集団起訴」を1974年に行い、政府が1000万ドル(現代価格:5100万ドル・56億円)を実験参加者、その家族や子供に医療費を生涯無償で行う為に支払われたが、その当時はニクソン大統領よりは何の正式な謝罪も行われなかった。

1994年、更に20年後、クリントン大統領下の米公衆衛生局はタスキーギー実験打ち切り20年記念においてシンポジウムを開き、その歴史的意味と以後の措置を考える「タスキーギー梅毒実験レガシー委員会」を設立した。

その委員会は米議会の医療倫理を研究する施設の設立とクリントン大統領による正式な謝罪を呼びかけた。

クリントン大統領はタスキーギー実験よりまだ存命中の8人中5人がホワイトハウスに来て、米国を代表して謝罪した。

~~~~~~~~~~

既に行われた事はやり直せない。しかし、我々は沈黙を破る事は出来る。我々は顔を背ける事をやめなければいけない。我々は貴方達の目をしっかりと見て、米国民を代表して、米政府がやった事は恥すべき行為であり、私は心より謝罪したい。… アフリカ系米国人に米国政府があまりにも明らかにレイシストな実験を行った事を心より私は謝りたい。

~~~~~~~~~~

(クリントン大統領と実験対象者、ヘルマン・シャー氏)

しかし、タスキーギー実験の影響は米黒人社会に深く反響を及ぼし、米黒人の医療関係者、医学者、そして医療治療に対する懐疑心は根深く、現代でも南部の黒人で米政府の奨励するコロナワクチンを受ける事を拒否する人にはタスキーギー実験の影響も指摘される。


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