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ヴァーチャル旅行 ロシア編 ヤクーツク

◎ヤクーツク概要

サハ共和国の首都。レナ川に面する河港を持つ。人口は311,760人(2018年)ヤクーツク市は1632年に東シベリアへと進出したコサックが建設した砦を起源とする。砦は、入植地を取り囲むように柵が張り巡らされていた。1880年代から1890年代にかけて金やその他金属の鉱床が発見。これらの鉱山にはヨシフ・スターリンの時代、グラグ(強制収容所)が作られて多くの政治犯や戦争捕虜が送り込まれ、開発がすすめられた。グラグの急速な増設と強制労働者たちによるシベリアの急速な開発は、ヤクーツクを大きな街にした。

冬の気温は世界の都市の中で最も低い。盆地である為、冬の寒さが非常に厳しく、1月の平均気温は-40.9℃で厳寒期には最低気温が-50℃以下になることがある。一方で、夏には緯度にもかかわらず比較的高温となり、7月を中心に30℃以上にもなることがあり、寒暖の差がきわめて大きい典型的な大陸性気候である(夏季は、昼の暑さと比べて朝晩は相当冷え込むので日較差も大きい)。なお北半球で最も低い気温が観測された寒極は当市と同じサハ共和国内にある。また永久凍土の上に建てられた都市としては世界最大で、多くの建物はコンクリートの杭の上に建つ。オイミャンコ村は世界で最も寒い定住地として有名。1926年にマイナス71.2度を記録

町は永久凍土の上にあるので、暖まると溶けて地面が沈んでしまいます。よって建物はご覧のように高床になっていて、水道管は変形防止のために地上に出ています。

◎オイミャンコ村

「世界で最も寒い定住地」とされ、一年の半分以上が冬である[1]。人口462人(2010年)。標高740m。周囲にはインディギルカ川の準平原が広がり、川自体の流路も網の目状に迷走している。川から数km離れると、浸食が進み老年期に達したなだらかな山地(丘陵地帯)が広がる。

1926年1月26日、-71.2気温が記録された(ただしこの測定法には議論がある)ことで、オイミャコンは北半球の寒極や「北の極寒の地」、定住地の中で最も寒い地の一つとして知られることとなった。同時にこれは北半球の記録でもっとも寒い気温である(南半球南極大陸で記録されている)。これはシベリア大地によって大気が大幅に冷却されることが大きく作用している。逆に夏の日中は気温が摂氏30度を越えることもあり、夏と冬、昼夜の気温差が極端に大きい地でもある。7月でも稀に0℃を下回ることがある。2010年7月28日には最高気温が34.6℃に達し、それまでの記録を塗り替えた。年平均気温は-15.5℃。2018年1月17日には正式に氷点下65度を記録。氷点下60度を超えている日が連続した[2][3]

凍結してしまうためオイミャコンには水道がなく、かつては住民が牛や馬にタンクを引かせて近くの川まで水を汲みに行っていたが、現在では給水車が各家庭に給水を行っている。

付近では魚が獲れるが、気温が低い時、釣った魚は外気に触れた途端に凍りつく。冬は軒並み-50.0℃以下になるため、細菌ウイルスによる感染症にかかることはほぼ皆無である。しかし、ウイルス感染の危険性が極めて低いこの地域ですら新型コロナウイルス感染症の罹患者が確認されている。

オイミャコンは、ギネスにも認定された、世界一寒い村ということで、関心を持つ人も多いようです。しかし、オイミャコンは、観光地ではないためホテルはありません。唯一、宿泊できるのは、元教師で郷土史研究家のタマーラ・ワシリエワさんのゲストハウス。タマーラさんは自宅の一部を改装して、旅人達を迎え入れ、エクスカーションなどを提供、この村の窓口的存在です。

ヤクーツクからオイミャコンまでは一本道です。
 途中ハンディガという村で1泊したり、凍った川の上を渡ったりしながら、約1,000kmの道のりを車で2日間、東に向かってひた走ります。
 全長2,030kmに及ぶこの道路は通称、「骨の道」。
 ソ連のスターリン政権下で、「グラグ(グラーグ)=強制労働収容所」に収容された人達を動員して整備された、悲しい歴史を持つ道路です。この道を作るための過酷な労働によって多くの人達が命を落とし、凍結した道路の下に埋められたことから、このような名前がつけられたのです。ホテルなどの宿泊施設がないため、この村を訪れる人はみんなホームステイをすることになります。
 私が滞在させてもらったのは、アムノソバ一家。
 奥さんのエレノーラさん、ご主人のガブリエルさん、9歳のヤーナちゃん、13歳のスベタちゃんの4人家族です。

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◎ 旅行記

https://4travel.jp/os_travelogue_list-city-yakutsk_ru.html

国道や鉄道はレナ川の対岸までで、サハ共和国内には巨大なレナ川を渡る橋はないため、夏はそこからフェリーで川を渡り、冬は凍結した川の上を車で走る。しかし、氷がまだ厚くない晩秋や、溶けたたくさんの氷が流れたり雪解け水で川があふれたりする春は川を渡ることができないため、ヤクーツク対岸の国道・鉄道終点付近には人口4,000人ほどのニジュニー・ベスチャという街がある。夏にはヤクーツクを起点として、上流のレナ石柱自然公園や下流のレナ・デルタへのクルーズも出発する。

レナ川沿いにあるモニュメント、サハ文字で何か書かれています。ちなみにサハ文字の表示を見たのはここだけで、市民生活の100%はキリル文字が使われています。話し言葉はサハ人同士ならサハ語が使われています。
レナ川沿いにあるモニュメント、サハ文字で何か書かれています。ちなみにサハ文字の表示を見たのはここだけで、市民生活の100%はキリル文字が使われています。話し言葉はサハ人同士ならサハ語が使われています。

ヤクーツク観光局 http://visit-yakutia.com/#!/about/

ガイドはメールで対応してくれたヤクーツク観光局のNick氏本人。彼はロシア語・サハ語・英語・中国語が話せて、メールの返信も早く仕事熱心で頼りになる人です。Uberでタクシーを呼び、7kmほど離れた町の郊外に向かいます。ここには観光施設3つが集まっています。まずアーチーハウスArchy House(又は“Us-Kut” Ethnographic Centre)を訪れます。サハ語で清める家という意味です。左側にはシベリアのトーテムポールが並んでいます。

次に向かったのは隣にある永久凍土の王国 Kingdom Permafrost。ここは文字通り永久凍土の洞窟で、冬は野外より暖かく、夏でも氷が解けずに残り、気温は年中安定しています。かつては夏の冷凍倉庫として使われていましたが、今はヤクーツク一の観光名所です。
永久凍土の王国 Kingdom Permafrost。ここは文字通り永久凍土の洞窟で、冬は野外より暖かく、夏でも氷が解けずに残り、気温は年中安定しています。かつては夏の冷凍倉庫として使われていましたが、今はヤクーツク一の観光名所です。
大きな牙をもつ鯨の標本。こんな生物見たことありません。今日は月曜日で休みだったのですが、ガイドの計らいでサハ族の展示階のみ特別に開けてもらえます。博物館の女性ガイドがついて英語で説明してくれます。
大きな牙をもつ鯨の標本。こんな生物見たことありません。今日は月曜日で休みだったのですが、ガイドの計らいでサハ族の展示階のみ特別に開けてもらえます。博物館の女性ガイドがついて英語で説明してくれます
まだヤクーツクで最も有名な肝心な物が見れていません、、それはマンモス。ヤクーツクではマンモス博物館かヤロスラフスキーに展示されていますが、どちらも本日月曜日は休館で、見る事ができません。がっかりです。PolarStarホテルに戻るとガイドが見せたいものがあると言います。そのまま2階に行くと、そこにマンモスがいるではありませんか!これは感動の対面です。
マンモス。ヤクーツクではマンモス博物館かヤロスラフスキーに展示されていますが、どちらも本日月曜日は休館で、見る事ができません。がっかりです。PolarStarホテルに戻るとガイドが見せたいものがあると言います。そのまま2階に行くと、そこにマンモスがいるではありませんか!これは感動の対面です。

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