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日英同盟

日英同盟( Anglo-Japanese Alliance)は、日本とイギリスとの間の軍事同盟(攻守同盟条約)である。1902年1月30日にロシア帝国の極東進出政策への対抗を目的としてイギリス外務省において日本駐英公使林董とイギリス外相第5代ランズダウン侯爵ヘンリー・ペティ=フィッツモーリスの間で調印された。その後、第二次(1905年)、第三次(1911年)と継続更新されたが、1921年のワシントン海軍軍縮会議の結果調印された四カ国条約成立に伴って、1923年8月17日に失効した。 日本の政界では、伊藤博文や井上馨らがロシアとの妥協の道を探っていたが、山縣有朋、桂太郎、西郷従道、松方正義、加藤高明らはロシアとの対立は遅かれ早かれ避けられないと判断してイギリスとの同盟論を唱えた。

1911年に更新された第三次日英同盟では、アメリカが交戦相手国の対象外に定められた。ただしこの条文は自動参戦規定との矛盾を抱えていたため、実質的な効力は期待できなかったが、これは日本、イギリス、ロシアの3国を強く警戒するアメリカの希望によるものであった。 さらに、同年に発生した辛亥革命に対する日本の行動にイギリスは同調せず官軍と革命軍の仲介を図ったため、日本側はイギリスに不信感を持ち、両国にとって条約の重要性は低下した。 また、日本は第三次日英同盟に基づき、連合国の一員として第一次世界大戦に参戦した。第一次世界大戦後の1919年に、パリ講和会議で日本とイギリスを含む「五大国」の利害が対立し、とりわけ、国際連盟規約起草における日本の人種的差別撤廃提案が否決されたことは禍根として残り、1921年に、国際連盟規約への抵触、日英双方国内での日英同盟更新反対論、日本との利害の対立から日英同盟の廃止を望むアメリカの思惑、日本政府の対米協調路線を背景にワシントン会議が開催され、ここで、日本、イギリス、アメリカ、フランスによる四カ国条約が締結されて同盟の更新は行わないことが決定され、1923年、日英同盟は拡大解消した。拡大」とはいってもこれは日英同盟の実質的弱体化であった。当時のイギリスの外相アーサー・バルフォアは「20年も維持し、その間二回の大戦に耐えた日英同盟を破棄することは、たとえそれが不要の物になったとしても忍び難いものがある。だがこれを存続すればアメリカから誤解を受け、これを破棄すれば日本から誤解を受ける。この進退困難を切り抜けるには、太平洋に関係のある大国全てを含んだ協定に代えるしかなかった」という心境を告白している。

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