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倉山満著『学校では教えられない満州事変』

内容紹介

満洲事変を正しく知ることは現代日本の生き残るヒントになる

●満洲事変に「軍部」の「独走」など無い。
石原莞爾とて、お役所仕事を全うしたにすぎない。
●満洲事変に国際法違反は無い。
むしろ生真面目に遵守しすぎ。
●満洲事変にコミンテルンの陰謀は成立しない。
それどころか、当時のソ連は終始一貫して日本におびえきっている。
●満洲には夢もロマンも無い。
王道楽土? しょせんは人口増加問題の解消策である。
●国際連盟脱退に外的要因は無い。
徹頭徹尾、日本の内政問題である。
●満洲事変は人類が不幸になっていく始まりの大事件である。
軽く考えてはならない。

◆当時の国際情勢を理解すればわかる、超安全だった日本
◆何も考えなくていい大国・大日本帝国
◆世界を恐怖に陥れたロシア革命
◆フランス、イタリアを切ってでも日本に譲歩した英米
◆最後にババをひいてしまった日本
◆「軍部」という虚構、強すぎる二大政党
◆芸術的な自作自演の柳条湖事件
◆リットン調査団結成、通説は惨敗、実は大勝利
◆政治家自身が終わらせた、「憲政の常道」

満洲事変を正しく理解すれば日本の病巣がみえてくる

■大間違いの満洲事変! !
いままで通説とされてきた日本の軍部独走・侵略史観に基づく悪玉扱い、逆にその反動としての「日本は悪くなかった、悪いのは周りの大国だ」という日本小国史観、海外大国による外圧・陰謀史観は、満洲事変においては、すべて間違いです。
一九三一(昭和六)年、現在の中国東北部にあたる地域は張学良という名のアヘン中毒の軍人が率いる軍閥【ルビ ギャング】の勢力圏【ルビ シマ】と化し、無法地帯となっていました。この無法地帯には、日本人居留民もいます。軍閥配下による権利侵害、不祥事の続発を解決すべく、出先軍隊である関東軍が奉天近郊の柳条湖付近で南満州鉄道の線路爆破工作を行い、張学良討伐を開始します。これが、満洲事変の発生です。出先で勝手に事変を起こし、軍事行動を開始した関東軍を、世論は支持しました。
(中略)景気はデフレで最悪。政治家は景気対策そっちのけでスキャンダル探しと足の引っ張り合い。日本人が拉致されているのに外務省が「日中友好」を掲げて「相手が困るから」と抗議一つせず。軍人は、そんな政治家に媚び、他の官庁に人当たりのいい人物だけが出世できるお役所仕事の巣窟。 いつの時代の話だ、まるで今の日本ではないか。そう思った方もいるかもしれません。(序章 より)

書評1

「学校では教えられない」というように、満州事変というと、・軍部の独走を許した・リットン調査団に代表されるように、外的要因があった 等々
と学んできませんでしたか 著者は、日本の内政史を中心に、前後の時期を読み解くことで、これらが誤解であることを例証していきます 例えば、「42対1」で、日本の国際連盟脱退にも繋がるリットン報告書の採択ですが、各国は「満州国を承認しさえしなければ(実質的支配を認める)」とまで、イギリス、カナダを中心にギリギリの努力を続けてくれており、また、採択に当たっても、13の棄権・欠席の国がありました 「満州国承認」という結果を後押ししてしまったのは世論であり、世論に逆らえなかったのは、内閣が「憲政の常道」に基づく内閣ではなく「協力内閣」にあったからです いかに、「憲政の常道」に基づく内閣が重要であるかは、その後の大東亜戦争で、「大日本帝国」が、世界地図からなくなるだけでなく、世界全体でみても、共産主義国が世界の半分を占めるという不幸を招いたことからもわかると思います

書評2

著者は、1931年9月18日に勃発した満洲事変の処置を誤り、翌年に建国された満洲帝国を日本が承認したことが、国際連盟を敵に回して日本が孤立し、挙げ句の果てに大東亜戦争を起こし敗戦して大日本帝国を消滅させた原因であると言う。大東亜戦争に至らせる道筋を付けたのは、第二次若槻内閣が政権を投げ出した1931年12月11日の政変にあるという。 この政変により、1924年の加藤高明内閣の成立以来続いた「憲政の常道」が習律ではなくなった。憲政の常道とは、衆議院第1党の総裁を首相にして組閣させ、失政により総辞職した場合には、野党第1党の総裁が首相となり組閣した後に、総選挙し国民の真意を問うという憲法習律を言う。1924年から立憲政友会(後の政友会)と立憲民政党(後の民政党)との二大政党による政党政治が行われてきた。 ところが、満洲事変の処理問題で、第二次若槻内閣が行き詰まった時に、憲政の常道に反して、野党を取り込んだ協力内閣で乗り切るべきとする民政党の安達内相の主張による閣内不一致を理由に、若槻は総辞職を選んだ。結局は、立憲民政党の若槻首相が政権を投げ出すと、政友会単独での政権運営を主張する野党第1党の政友会の総裁の犬養毅を首相とすることを、西園寺元老は天皇に奉答した。犬養は翌年に総選挙を行い、高橋是清蔵相の景気を回復に向ける積極財政もあって、政友会は衆議院定員の65%を獲得した。協力内閣を唱える政変があったものの、結局は第1党の政友会の犬養内閣により憲政の常道が保たれた。

 しかし、犬養が1932年5月12日に暗殺されると、西園寺元老は、犬養死亡の後に選出された政友会総裁の鈴木喜三郎ではなく、海軍大将の斎藤實を首相にすることを天皇に奉答した。これにより与党第1党総裁以外の部外者が首相となって組閣することとなり、「憲政の常道」は消滅した。斎藤實は野党の民政党からも閣僚を選んだ。著者は、憲政の常道を放棄して、政党外や軍部から首相を選ぶ道を開いたことが、日本を敗戦に導く大きな原因であったと言う。また、著者は外務大臣に満州国を承認した外交官の内田康哉を就任させたことが最大の誤りであったと言う。著者は、日本が満洲国を承認しなければ、そして、リットン調査報告書の結論に賛同すれば、世界を敵に回すことなく、大東亜戦争に至らなかったと言う。リットン調査報告書は満洲の主権を蒋介石政府に認め、日本が満洲を支配した現状を認めるというものである。外交官であった内田外相は、満洲の主権を蒋介石政府に認めることに容認できず、したがって、満洲国を承認しないということは有り得ないという考えであった。私は、日本が満洲国を承認しなければ、その後の戦争は防止できたとする著者の考えには賛成できない。満洲国が立派に発展して治安が維持され住民の生活が安定してから承認すれば良いとの考え方かも知れないが、アメリカが満洲国を承認せず、満洲国に干渉してくる以上、結局は、日米の衝突は避けられない。清朝が崩壊したのに、清の出身地である満洲の主権がどうして蒋介石政府に属するのであろうか。元来、満洲は漢民族の領土ではない。1616年ヌルハチは後金国を建国し、1636年後金国は清と改名された。1644年順治帝は明を滅亡させて北京に遷都した。清朝は最初は万里の長城より北の地(満洲)だけを治め清国を建国したが、明朝が滅亡した後に、長城の南の漢の地を征服した。満洲は、その後、長い間、漢民族の入植が禁止されていた。1911年に清征服王朝は崩壊した。各省は独立し、各地域の軍属が群雄割拠する混沌とした時代となる。当時、支那には国境の概念はなく、征服王朝である清朝が崩壊した時、清朝の発祥地である満洲は、満洲人の地に戻るのである。
 1912年の清国皇帝退位協定によると、大清皇帝は、その称号を有し、外国君主として待遇するとあり、外国、すなわち、満洲の君主であるとの認識があった。 日露戦争の結果、南満洲鉄道の経営権を得た日本の投資により、満洲は発展し、万里の長城の以南の戦乱状態にあった支那本土から漢民族が入植してきた。リットン調査報告書は、漢民族が多数であるので、満洲には支那本土の主権があるとしたが、これは誤りである。その地の主権が、多数民族を送り出した国にあるのであれば、ハワイの多数住民は日本人であるので、ハワイの主権は日本にあることになる。ハワイは王朝支配の独立国家であった。幾ら、異民族が多数となっても、その異民族を送り出した国の主権が及ぶことはあり得ない。リットン調査報告書は、現状維持を提案し日本に理解を示してはいるが、主権が支那にあるとの結論は誤解である。リットン調査報告書、満洲国建国の正当性を弁護する(ジョージ・ブロンソン・リー著)、見果てぬ夢-満洲国外史-(星野直樹著)、満洲事変と重光中華公使報告書を読めば、満洲国の建国の正当性が理解できる。満洲国建国により税制、銀行、教育、インフラ整備、治安維持などを確立して、住民の安全と生活を飛躍的に発展させた。

 著者は本書において日本の政治の稚拙さを訴えており、記載されている政治家の行動や言動の歴史的事実には得るものが多いが、満洲国を日本が認めたことが、戦争に至る原因とする著者の認識には賛同できない。

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