地名と観光
地名としての東京はブランド力があります。浦安市に所在しても東京デズニーランドの名称であることが理解できます。成田空港は新東京国際空港の正式名称を廃止しました。軽井沢を冠する地名が増えたのとは逆の現象です。地名としての成田の普及に効果があるのか、東京を外してしまったマイナス効果の方が大きいのか、いずれ結論が出るでしょう。
観光の目的地名は移動のために必要です。行政名称でなくてもかまわないでしょう。行政地名は正確ですが、地域の人しか知らない俗称であっても、観光客に認識されればかまいません。いずれにしろ地域名はほかの地域と区別するためにありますから、観光とは相性がいいのです。しかし観光客に来てもらうには、その名称が知られていなければなりません。行政名にこだわる必然性もなくなります。東京デズニーランドが代表例です。
日本海側沿岸諸都市では、地域おこしの材料に北前船が使われます。北前船は、江戸時代から明治期の前半には物流の基幹手段でした。日本全国に鉄道が敷設され、国内の輸送は鉄道にシフトしていき、北前船は役目をほぼ終えて歴史の表舞台から姿を消しました。「内日本」が「裏日本」と呼称が変化したこと、明治時代に行われた殖産興業や鉄道・港湾などの投資が太平洋側に集中したことと、北前船が消えたことは符合します。今日「裏日本」は死語となりつつあります。しかし、暗いネーミングの「山陰」については、今までに「北陽地方」「北中国地方」「南日本海地方」等の呼称が提案されましたが、いずれも定着せず、今日も生きた用語として使われています。
行政名は、その地名を知らない人には滑稽ですが、地域の誇りをかけて政治決戦をする時があります。石見銀山に関わる世界遺産登録と大田市等の地元三市町の合併協議時期が重なっていました。新市名を大田市、石見銀山市いずれとするかで論議が行われました。合併協議会は委員投票で、石見銀山市(15票)が大田市(11票)を上回り、新市の名称を「石見銀山市」とする案を決めました。しかし、これに旧大田市側が反発し、合併自体が危ぶまれる事態になり、新市を「大田市」として、遺跡が世界遺産登録されたときに「石見銀山市」を検討することで双方が歩み寄り、2005年10月に新大田市が誕生しました。市長は、協定に基づいて市議会に検討を要請し、市議会は市名問題検討特別委員会において検討することとなりました。2007年市議会において「合併後2年が経過し、大田市の石見銀山遺跡として、マスコミ報道を含めまして、知名度も高まり、人気定着し、今さら、財政支出が伴います市名変更はいかがなものか」「世界遺産登録から外されることもあり、石見銀山も永久に保障されたものではない」等の理由が論議され、大田市のままで行くこととなりました。2009年10月11日付けの毎日新聞によれば、任期満了に伴う2009年10月大田市長選に温泉川孝氏が「『石見銀山市』に改称を」として立候補表明したとありますが、選挙結果は現職市長の竹腰創一氏が16762票と温泉川孝の4051票を上回って当選し、市名問題に決着がついたということになりました。その評価はいずれ出てくるでしょう
加賀市は旧国名「加賀」を1958年から使用しています。1955年に市名変更して誕生した伊勢市に続く草分け的存在です。若い人には地域名が他で知られてこそ誇りが持てるものです。地元の人しか知らない地域名は長くそこで暮らした高齢者にとって愛着があるものですが、人口減少時代ですから限界がいずれ来るでしょう。
私が加賀市長時代の観光政策は、加賀温泉郷、加賀ブランド等加賀という名称を活用してゆく作戦を考えていました。それは加賀という旧国名が、マスコミ等で首都圏に周知されているということが前提にあります。しかしながらプラスの面だけではないことも覚悟しておかなければなりません。岩手・宮城内陸地震では大崎市鳴子温泉が風評被害にあいました。鳴子温泉は全く地震の影響はなかったのですが、災害名に宮城という地名が入っていたものですから、予約のキャンセルが相次いだようです。従って加賀ブランドイコール加賀市ブランドということになれば加賀市にとっての風評被害の可能性も拡大するという覚悟で政策展開をすべきであると思っていました。
鳥インフルエンザが再び話題になっており、風評被害も心配されます。危機管理上も重要でありますから、早速片野鴨池の鳥インフルエンザ対策を確認し周知しました。溜池に集まった鴨類の捕獲が藩政時代の元禄期から制限されてきたため、片野鴨池と呼ばれる湿地帯が加賀市には存在し、現在ではラムサール条約の登録地となっています。坂網とよばれる特殊な狩猟法でのみ捕獲することが許されてきました。この天然の鴨を素材にした料理を加賀の高級ブラン化しようという試みを進めておりますが、鳥インフルエンザ報道如何では逆効果になりかねません。風評被害と危機管理対策が必要になります。マスコミ、ネットのお世話になる以上は十分に考慮しておかなければなりません。
人流・観光研究所所長
(株)システムオリジン顧問 寺前秀一(観光学博士)
2014.06.27